1931年の満州事変の発端となった柳条湖事件から79年を迎えた9月18日、尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖で発生した衝突事件をめぐり日本政府が中国人船長を釈放しないことに抗議し、北京の日本大使館周辺で起こった100人規模の反日デモ行進。「釣魚島から出て行け」という反日プラカードを持つ若い活動家に交じり、50センチ四方の紙に「深圳・腐敗」と書いた紙を掲げた40代男性が目を引いた。この男性を含めて、陳情者とみられる地方の農民ら10人程度が、反日デモ行進に紛れ込んでいたのだ。
反日デモに紛れ込んでいた共産党体制への不満分子
「日本軍に侵略された屈辱の歴史を忘れるな」と訴える中国共産党は、暴力化しない限りにおいて反日デモを黙認する。そのため普段は公安当局から抑圧され、腐敗や立ち退きなど自らの不満を世間にアピールできない陳情者ら社会不満分子にとって、反日デモは訴えを示せる数少ないチャンスとも言える。実は胡錦濤指導部は、こうした不満分子が「日本」を隠れ蓑に、共産党体制批判を展開し、社会の不安定が増大してしまうことを何より恐れており、公安当局も「便乗犯」の動向に目を光らせていた。
民衆の不満や憤りの背景にあるのは、政治権力やそれと結託した国有企業ばかりが興隆し、権力と無縁の庶民はいつまで経ってもはい上がれない「国進民退」(国は栄え、民は滅びる)現象の蔓延だ。こうした中、何より社会の厳しい現実を熟知し、改革深化の必要性を痛感する温家宝首相は8月20日夜、経済特区30周年を迎えた広東省深圳を訪れた際、政治改革についてこう発言した。
「経済体制改革を推進するだけでなく、政治体制改革も推し進めなければならない。政治体制改革の保障がなければ、経済体制改革の成果は台無しになり、現代化建設の目標も実現できない」。中国ではこの発言の真意や背景をめぐって国内の知識人や大手メディアを巻き込んだ大論争に発展している。
限界に達している「深圳式」経済優先改革
北京の反日デモで現れた深圳の不満を見るまでもなく、中国の高度成長をけん引した「深圳式」の経済優先改革はもはや限界に来ている。9月8日、共産党機関紙・人民日報ネット版『人民網』は、庶民が自らの意見を直接最高指導者に伝えられるネット伝言版「直通中南海」を設置。報道によると、胡錦濤国家主席への伝言はわずか約1週間で4万件に達したが、多くは不動産価格高騰、幹部の腐敗、汚染、権利侵害などの個人的不満だったという。
中国政府幹部は「若者のうち、腐敗にまみれた役人を親に持つ者以外、自分の家を買うことはできない」とこぼすが、政治体制改革により民意を政治に取り込まなければ、社会の不満は拡大し続けるというのが温の認識だ、と受け止められた。
温家宝がエリツィンになる?
「温発言」の直後、北京郊外に知識人が集結し、政治体制改革はどこに向かうのか話し合う討論会が開催された。出席した知識人の一人は筆者に「激論になったが、出席者の7割は『温発言』に肯定的だった」と明かす。