定年バックパッカー海外放浪記

2017年11月26日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

(2016.6.18.~9.14 89日間 総費用18万2000円〈航空券含む〉)

筋金入りの自由人ナカムラ君

 7月22日。マナリーの郊外の温泉寺院で有名なヴァシュシトで“沈没”。“沈没”とはバックパッカー用語で観光やハイキング等のアクティビティーを何もせずにダラダラとして無為徒食をして日々過ごすことを指す。

ヴァシュシトの農家。一階が牛小屋。二階が居住区となっている。縁側のようなベランダが特徴的

 ゲストハウスでダラダラしていたらナカムラ君という威勢のいい青年がチェックインしてきた。ナカムラ君は43歳で日焼けして精悍な容貌だ。ナカムラ君は根っからの自由人だ。両親が自由放任主義で小中高と12年間東京の“自由学園”で自主独立の自由教育を受けており筋金入りの自由人になったようだ。

ヴァシュシトの旧家の結婚式の食事の準備を手伝う近所の女たち

 ナカムラ君の兄弟は誰もいわゆるサラリーマンになっていない。また自由学園の友人でもサラリーマンをしている人間は希少らしい。彼自身は大学中から海外放浪。卒業後はアジア各地を転々として何度か起業したという。現在はミャンマーで現地人と事業をやっているが早々に事業譲渡して年内に一度日本に戻るという。

 自由人に対する適当な“反対語”を思いつかないがおそらく自由人と対比される概念は“平均的日本人”ではないか。私自身当然後者に属する。すなわち安定した職業を得る見返りに“日々我慢の宮仕え”を甘受して生きている普通の人々。年金とか国民保険というような社会保障制度も“平均的日本人像”を前提に制度設計されている。

ヴァシュシトの村祭り、青年たちの踊り

 平均的日本人にとり将来の安定した生活を得ることが日々の行動規範であろう。他方で自由人は現在自分が面白いか否かが行動規範となっているようだ。日々自分が興味のあることを追求してゆくことが人生の価値であり、将来どうなるかは二の次なのだろう。確かに将来の年金と国民保険を目標に“日々我慢の宮仕え”という人生ではやりきれない。

山ガールのユリコさん

 同じゲストハウスに長逗留しているユリコさんは北陸出身36歳の山ガールだ。立ち姿が凛としている魅力的な女性だ。東京で整体師やエステシャンをしていたが30歳で山岳ガイドの仕事中心に生活を変えたという。日本の山岳ガイドの資格もあるがインドの山岳学校でも上級コースの修了証を取得。

客待ちしているオートリキシャー

 在インド5年になるが山岳ガイドだけでは生活費が足りないので東京で整体師・エステシャンをしていた時に習得した技術を生かしてマッサージのアルバイトをしている。口コミで評判が広がり欧米の旅行者の予約が毎日入っている。

 ユリコさんによると独立して山岳ガイドの営業許可証を取得するためにはインド人と結婚してインド国籍を取る必要があるという。どうも意中のインド男性がいる様子であった。

街道から外れてソランの村を目指してマナリー川の橋を渡る

韓国女性旅行作家ユージン

 7月23日。ゲストハウスの近くの食堂兼カフェで朝飯を食べていたらお洒落な東洋系女性が相席になった。ソウル在住のユージンは世界中を旅行しているトラベルライター。韓国の最高学府ソウル大学で社会学を専攻して米国ペンシルバニア大学で修士号を取得したという才女であり話題が豊富なので話に引き込まれてしまう。

ユリコさんを先頭にソラン村を目指して山道を行く一行

 日本にも何度も取材旅行して旅行記事だけでなく“和食の本”“お寺巡りの本”とか専門的な本も出版している。翌月「旅のブログの書き方」というノウハウ本を出版するので毎日編集者とメールで確認作業をしている。

 旦那とは米国留学中に知り合い旦那は米国弁護士資格と韓国弁護士資格を持ち米国企業の韓国法人の役員をしている。つまりは富裕層カップルのようだ。ユージンは現在43歳と聞いて吃驚。どう見ても30歳前後にしか見えない。

ソランの村祭りで踊る青年たち

異色グループで村祭りに

 朝食後ゲストハウスに戻るとユリコさんが近くの村のお祭りに遊びに行こうと誘ってきた。ゲストハウスのオーナー夫妻の息子あっくん6才、お手伝いしているキキさん、キキさんの娘セーラ7才と一緒だ。大人3人、子供2人という編成。これに韓国トラベルライターのユージンも加わり総勢6人。

 マナリーの街道でなんとかオートリキシャーをつかまえ乗り込む。オートリキシャーの原型はイタリアのPIAGGIO社の小型オート三輪らしい。オートリキシャーは運転手の隣の助手席に1人、後部座席に大人2人が乗る、即ち大人3人が定員という基本設計。しかしインドでは定員という概念がない。ユリコさんとキキさんは慣れたものである。まず大人の女性3人が後部座席に座る。その3人の足の間に2人の子供が立つ。オジサンは助手席という具合で収まった。

 渓谷に沿って上り下りしながら15キロの山道を行く。走りだすと流石に200cc程度のエンジンでは重いようで加速が効かない。登り勾配で低速ギアに切り替えると人が歩く程度の超低速前進になってしまう。下り坂ではブレーキが効かずにカーブのたびに大きく傾いてヤバイ感じだが子供たちはキャーキャーと喜んでいる。

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