「リセット」できないロシアと米国


廣瀬陽子 (ひろせ・ようこ)  慶應義塾大学総合政策学部教授

1972年東京生まれ。専門は国際政治、コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究、紛争・平和研究。主な著作に『旧ソ連地域と紛争――石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『強権と不安の超大国・ロシア――旧ソ連諸国から見た「光と影」』(光文社新書)、『コーカサス――国際関係の十字路』(集英社新書)【2009年アジア太平洋賞特別賞受賞】など。

解体 ロシア外交

紛争、エネルギー、政治、経済など様々な外交カードを所持し、それを絶妙なタイミングで切るロシア。日本の隣人でありながらその内側がなかなか見えない大国に、不気味な印象さえ抱く。ロシアの外交、そしてその動きの背景を、ロシアと周辺国事情に詳しい著者が読み解く。

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2008年のグルジア紛争後、ロシアと米国の関係は決定的に悪化し、「新冷戦」の到来までもがメディアなどで報じられていた。筆者は、当初から「新冷戦」の到来はあり得ないと論じていたが、それでも両国間の関係が極めて厳しくなったのは事実である。

容易でない「リセット」

 それを打開したのは、2009年1月に米国大統領に就任したバラク・オバマによる米ロ関係の「リセット」の宣言であった。リセットにより、米ロ関係はかなりの改善を果たし、2010年4月には、2009年12月に失効したSTART1(戦略兵器削減条約)に代わる「新START」に調印がなされ、同年6月には経済・技術協力の緊密化が進んだだけでなく、ロシアが難色を示してきた対イラン制裁での協力に合意し、ロシアのお膝元であるキルギスの米軍基地の存続を黙認するようになった。一方、米国はグルジア紛争の原因となった「欧州MD計画ミサイル防衛構想」の取り下げや「NATO(北大西洋条約機構)東方拡大」の事実上の中止を宣言するなど、両国間の多くの懸案事項が解消された。だが、その直後に米国は欧州ミサイル防衛(MD)システム計画を以前の計画からは縮小して進めただけでなく、NATOの東方拡大についても完全に諦めていないことが明らかになるなど従来の米ロ間のしこりは依然として両国間の関係の障害であり続けている。*注1

 とはいえ、米ロ間の「リセット」は、米ロ関係と同様に緊張していたロシアとNATOの関係にも「リセット」をもたらした。冷戦期に旧西側陣営が結成した軍事同盟であるNATOは冷戦の遺産であるが、同じく冷戦期にソ連を盟主として成立した東側の軍事同盟であるワルシャワ条約機構が解体されたにもかかわらず、NATOはまるでロシアを仮想敵国とするかのように冷戦後も存続し、2001年の9.11事件後の短い蜜月期を除いては、緊張関係が続いてきた。だが、ロシアと米国の「リセット」を受け、ロシアとNATOが最接近する動きが見られた。*注2 しかし、そのような中でウィキリークスによってNATOがポーランドとバルト三国に対してロシアに対する防衛義務を約束していたことが明らかになり、ロシアはNATOへの不信感をさらに強めるに至り、ロシアとアメリカおよびNATOとの「リセット」はさらに難しくなった感があった。*注3

「新START」破棄というロシアのカード

 そして本件の困難さがさらに露呈されたのが5月18日のメドヴェージェフ大統領が内外向けの記者会見で行った発言である。彼は、継続協議中の欧州MD計画について、ロシアが求めているように対等な立場でMD計画を共同で行うことにNATOが合意するか、MD計画についてロシアの戦略ミサイルを対象にしていないとNATOが法的に保障するかのどちらかがなされなければ、ロシアは対抗措置をとり、ミサイル攻撃能力を強化するため、冷戦時代に逆戻りする極めて悪いシナリオが生まれると語ったのである。さらに、米国に対し、米国がロシアを無視して欧州MD計画を進めた場合、発効から日が浅い米ロの新戦略兵器削減条約(新START)を破棄すると警告した。

*注1:拙稿「「リセット」後も紆余曲折の米ロ関係」[http://webronza.asahi.com/synodos/2010071100001.html]参照
 
*注2:具体的には、昨年11月のNATOリスボンサミットにロシアのメドヴェージェフ大統領が参加し、①アフガニスタン対策での協力、②欧州MDでの協力について議論された。①については両者にとって有益であるために容易に妥結できたものの、②についてはロシアが「対等な形でのMD協力」に固執したため、継続協議となった(拙稿「NATOとロシアの和解?」[http://webronza.asahi.com/synodos/2010112900004.html]参照)。
 
*注3:拙稿「NATOとロシアの関係改善の暗雲:「ウィキリークス」問題の余波」[http://webronza.asahi.com/synodos/2010121300001.html]参照
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「解体 ロシア外交」

著者

廣瀬陽子(ひろせ・ようこ)

慶應義塾大学総合政策学部教授

1972年東京生まれ。専門は国際政治、コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究、紛争・平和研究。主な著作に『旧ソ連地域と紛争――石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『強権と不安の超大国・ロシア――旧ソ連諸国から見た「光と影」』(光文社新書)、『コーカサス――国際関係の十字路』(集英社新書)【2009年アジア太平洋賞特別賞受賞】など。

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