政府が復興計画の柱に掲げる高台への集団移転事業。
事業を進めるにあたっては、まず住民の合意形成が前提となる。
「もといた場所を離れたくない」と合意に応じない住民がいたり、被災から時間が経って避難先がばらばらになるうち、住民同士の意志確認がままならなくなり、合意形成が難航するケースも少なくない。東日本大震災でも、同様のケースが多く出てくると思われる。
すでに合意形成に漕ぎ着けた地区の例が、今後の参考になる。
震災以前の地域コミュニティが
早い合意形成を生んだ唐桑町舞根地区
気仙沼市唐桑町舞根〔もうね〕地区は、リアス式海岸の湾を臨む小さな集落。東日本大震災で52世帯のうち44世帯が津波による被害を受け、4人が亡くなった。それでも住み慣れた地域でまた暮らしたいと、29世帯が近くの高台への集団移転を希望している。
住民の代表を務める畠山孝則さんによると、予想をはるかに超える被害に、もといた所には住めないと思ったが、これまで築いてきた地域の和を大切にしたいと、舞根の住民らと避難所で話し合いを重ねてきたという。
地域コミュニティを保ちながら住居を再建するにはどうすればよいか。津波を免れた8世帯とも協議し、地域がばらばらにならないよう、近くの高台へ集団移転する案をまとめた。畠山さんは「とにかく気持ちが冷めないうちに住民たちとの合意を形成したかった。被災から時間が経てば避難先も分かれ、話し合いすらままならなくなると思った」という。
3月末、集団移転の意志を伝えるために赴いた気仙沼市役所で、移転費用の一部を国が補助する「防災集団移転促進事業」のことを聞く。
この制度は、被災地で再被害の可能性がある地域のうち、「移転促進地域」に指定された区域内にある住居(10戸以上)に対して集団移転を促進するため、自治体に対して事業費の補助を行い、防災のための集団移転促進を図るというもの。移転用地の買取や造成費、住宅ローンの利子などを対象に、自治体が補助した金額の4分の3を国が支払う。自治体の借金を地方交付税で負担する分も含めると、実質的には約9割の費用を国が支払うことになる。
4月24日、畠山さんらは同事業を利用した集団移転を目指す「期成同盟会」を発足させ、菅原茂市長に要望を示した。5月29~30日には、中越地震で被災し、同事業を利用して115戸が集団移転をおこなった長岡市を自費で視察している。
舞根地区が早い段階で移転合意に漕ぎ着けたのは、震災以前の日常があったからこそだ。畠山さんは、「山あいで町から離れたところにある集落だからこそ、地域のつながりが途絶えないよう協力して生活してきました」と話す。
合意後も、スムーズに進んできたわけではない。市長や市の担当者と話し合い、避難所では、ともすれば消極的になりがちな人の相談にも乗る。移転協議の経緯を記録した大学ノートには、いつ、誰とどんな話をしたか、メモが残されている。推進役の努力が、合意形成に漕ぎ付けた。