佐藤忠男の映画人国記

2011年7月15日

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 富山県からはすぐれた演技派女優が何人も出ている。まずは下新川郡朝日町出身の左幸子(1930~2001年)。体育学校を出て高校の保健体育と音楽の教師をしながら俳優座の養成所でレッスンを受け、新東宝の青春映画でデビューした。若い頃は元気ハツラツの青春もので活躍していたが、中川信夫監督の佳作「思春の泉」(1953年)の気のいい田舎娘、田坂具隆監督の「女中っ子」(1955年)のしっかり者のお手伝いさんなどの庶民的で親しみやすい役どころで演技開眼。今村昌平の「にっぽん昆虫記」(1963年)で一転して、なりふりかまわず売春の世界で経営者にのし上ろうとがんばるタフな女主人公の役を熱演してアッと言わせた。さらに内田吐夢監督の「飢餓海峡」(1965年)の薄幸の善良な娼婦は一代の名演であった。まだ女性の監督が例外的な存在だった頃に監督に進出して主演も兼ね、「遠い一本の道」(1977年)を作っていることも特筆に値する。国鉄労組の支援の下で鉄道員夫婦の人生を描いた力作である。

 左幸子の妹の左時枝は姉の名作のひとつの「荷車の歌」(1959年)で姉の少女時代の役でデビューした。長い間地味な役が多かったが、年輪を重ねて「美しい夏キリシマ」(2002年)の大地主の家の主婦など、さりげなく立派な存在感を示している。

 野際陽子は生れが富山市である。育ったのは東京。NHKのアナウンサーから活動の場を広げ、テレビドラマなどにもよく出演するようになった。映画も「二百三高地」(1980年)の乃木将軍の妻とか、「チーム・バチスタの栄光」(2008年)のベテラン看護婦などがある。左幸子が体当り熱演形だとすれば野際陽子は個性的な演技で小さな役でも彼女が現れるだけで場面の気分を変えるというタイプである。

 男優では西村雅彦が富山市出身である。三谷幸喜のスマートな喜劇で映画にも進出するようになった劇団「東京サンシャインボーイズ」で洒落たコメディ演技を身につけた。三谷作品の「ラヂオの時間」(1997年)などはもちろん、伊丹十三監督の「マルタイの女」(1997年)とか、森田芳光監督の「武士の家計簿」(2010年)など、ひとひねりも二ひねりもした喜劇には欠かせない役者である。

「ウルトラマン」のハヤタ隊員など、ウルトラマンの映画に多数出演している黒部清は、その名のとおり黒部市の出身。

 室井滋(しげる)は滑川市の出身。早稲田の学生時代から自主映画で活躍していたが、「のど自慢」(1999年)で売れない歌手の役をすっとぼけたコミカルな演技で見せて注目された。陽気な面白い個性を持っているのでそれを活かせる役に出会うことを期待したい。

 風吹ジュンは高岡市の出身である。モデル出身にしては地道な生活感のある役に自分の領域を見出したようで、つげ義春原作の漫画家の貧乏生活をトボけたタッチで描いた映画「無能の人」(1991年)での、貧乏所帯をやりくりする奥さんがとても良かった。

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