「後見人ら、財産を守るはずが着服18億円超」
こんなニュースが10月20日付の全国紙の朝刊に載った。午後にはYahoo!トップページのトピックスにも掲載されたが、これらの記事からは、最高裁のほんとうの狙いは読み取れない。「後見人の着服事件の多さに手を焼いた最高裁が、不正を防ぐために信託を利用した制度(後見制度支援信託)を導入しようとしている」という理解では、事の本質に迫っていない。
月刊WEDGEでは、高齢化社会を支えるはずの成年後見制度の現状をたびたび追ってきた。本記事は、後見制度支援信託を最初に導入しようとした今年春の迷走ぶりを描いた4月号の記事である。
「これは〝禁治産〞の時代に時間の針を巻き戻すものだ」
「成年後見制度が創設された理念に反する」
「最高裁は、家庭裁判所の事務を減らしたいだけだ」
3月4日、東京・霞が関で日本弁護士連合会が開いたシンポジウム。最高裁判所と信託銀行などがつくる信託協会が、4月導入を発表した「後見制度支援信託」という新制度に対し、弁護士や司法書士、社会福祉士らが様々な批判の声をあげた。
この制度は、認知症などで判断力が十分でない高齢者や障害者らの生活を支援し、財産を守る「成年後見制度」に、信託契約を組み合わせたもの。どちらも聞き慣れない「後見」と「信託」が組み合わさっているから、一般の国民にはとても難解だ。
2月3日の発表直後から、小誌は制度の詳細を聞きたいと最高裁事務総局家庭局に取材を申し入れていた。当初前向きな姿勢だったが、徐々に態度が硬化。最終的には「運用全般について検討中。関係団体と調整中のため、調整が終わるまでは何も答えられない」との回答になった。
前代未聞の大失敗か?
背景にあったのは、成年後見制度に関係する専門職団体の反発である。日弁連は2月10日に「拙速な導入は避けよ」、司法書士による成年後見センター・リーガルサポートは3月10日に「慎重な協議を経た上での運用を」とする要望書を公表。2月から3月にかけ、各地方で家庭裁判所が関係団体に実際の運用について説明するはずだったが、延期に追い込まれている。「最高裁から詳しい説明がない」(ある家裁関係者)と現場も困惑。最高裁は日弁連に対し、3月中には協議の場を持つと言明している。
最高裁から各専門団体への情報提供は昨年12月から1月にかけて行われた。最高裁、信託協会、法務省民事局の3者は、昨年3月から勉強会を始め、夏ごろには概ね設計を終えていた。最高裁が土壇場の事後的報告で済ませたことに各団体は不信感を強めた。このままでは4月の運用開始は不可能だろう。「最高裁がここまで〝失敗〞したのは聞いたことがない」(複数の法曹関係者)。
さらに興味深いのは、最高裁が説明資料を使い分けていることだ。まず、国民向けにもっとも広く開示されているのは、(1)信託協会によるニュースリリースと制度の概要を説明するリーフレットである。これらはホームページに公開されている。最高裁が作成したのは、(2)報道機関(司法記者クラブ)向けの発表資料であり、国民が誰でも簡単に見られる資料は用意していない。
(1)と(2)を組み合わせて読み込むと、最高裁の筋書きがある程度理解できる。成年後見の利用は今後増える。それに伴い後見人の不正事件も発生する。大きな資産は信託銀行に信託し、家裁の了承がなければ引き出せないようにすれば、安いコストで本人の財産を守れるはずだ――。
後見支援信託の対象は、年間2万件以上(全体の8割超)の「後見類型」(以下、単に「後見」と記す)。判断能力を常に欠く人が対象であり、本人に代わって法律行為や財産管理を広範に行う代理人(後見人)が家裁により選任される。後見人の約3分の2は親族で、残りの多くが弁護士や司法書士などの専門職だ。
家裁は、親族後見人の扱いに手を焼いているのだろう。日本では、親の財産をいずれは自分のものと考え、親子の財布を混同する風潮が根強く残る。本人のために本人の財産を使うのが後見人の役割で、自分のために使うと、たとえ親子であっても業務上横領となる。実際にいくつも事件化されてきたが、氷山の一角だ。家裁は年に1回程度、事後的な収支報告を後見人に求める「監督」を行うが、見抜くのは簡単ではないし後の祭りになることも多い。