広東省女児ひき逃げ事件が
突き付ける中国共産党の危機


城山英巳 (しろやま・ひでみ)  時事通信北京特派員

1969年生まれ、慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社入社。社会部、外信部を経て2002年6月から07年10月まで中国総局(北京)特派員。 外信部を経て11年8月から北京特派員。11年、早稲田大学大学院修士課程修了、現在、同大学院博士後期課程在籍中。著書に『中国臓器市場』(新潮社)、 『中国共産党「天皇工作」秘録』(文春新書、「第22回アジア・太平洋賞」特別賞受賞)、『中国人一億人電脳調査』(文春新書)がある。14年に戦後日中外交史スクープで13年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。

チャイナ・ウォッチャーの視点

めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリストや研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。(画像:Thinkstock)

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10月21日は、中国全土が悲しみに暮れる日になった。

 「小悦悦走了」(悦悦ちゃんが逝った)――。中国のミニブログ「微博」にはこの言葉であふれ、多くの若者たちに最近、これほどの衝撃を与えた事件もあまりなかったのではないか、と考え込んだほどだった。

 2歳の女の子「小悦悦」の死は、中国の人々に「道徳とは何か」「中国人とは何か」「中国社会はどこに行くのか」を考えさせる契機となり、中国の国家体制の限界を感じさせる結果になったのではないだろうか。

通行人18人が素通りの衝撃 薄情な387秒

 10月22日付の中国紙『新京報』は、「冷漠的387秒」(薄情な387秒)という記事を掲載した。それに基づき、事件の概要を振り返ろう。

 10月13日午後5時20分、広東省仏山市。1000店以上の店舗が並ぶ「広仏五金城」で、小悦悦のパパはベアリング設備会社を経営していた。両親が目を離したすきに小悦悦は出入り口から一人で出てしまった。小悦悦がいないことを知ったママは探しに出たが、小悦悦はママが探したのとは違う方向に歩いていた。

 5分後、ワゴン車が小悦悦とぶつかり、前輪が小悦悦の小さい体を巻き付けた。車はしばらく停止したが、また後輪が体を巻き付けた。近くにいた店員は子供の泣き声を聞いたが、どこかの子供が機嫌を損ねただけと思い気に留めなかった。その後、十数秒内に通行人2人とオートバイが通るが、このうち2人は小悦悦の方を見たが、そのまま行ってしまう。

 さらにトラックが来て、小悦悦は再びひかれた。その後も通行人は素通り。結局、18人が通り過ぎたが、結局、誰も小悦悦を助けなかった。「子供の泣き声を聞いたが、子供はいなかった」と話す通行人もいた。最後に小悦悦を抱き抱え助けたのは、ゴミ収集をしていた58歳の女性、陳賢妹だった。実にこの間、387秒の出来事だった。

ひかれた女児を「見て見ぬふり」、道徳が消えた

 一部始終を現場の防犯カメラが撮影しており、テレビや新聞は映像や写真入りで大きく報道し、「見死不救」(死にそうな人を見ても助けない)という見出しが大きく踊った。さらに新聞には、ベッドの上で、意識不明のまま目を半開きにした痛ましい小悦悦の姿が掲載され、国民の間には「悲痛」と「憤怒」の感情が渦巻いた。

 中国紙『北京青年報』(23日付)は、「見死不救は、冷漠(薄情)で道徳の欠如を暴露したものだ」と指摘。さらに助けた陳賢妹について「彼女は社会の底層に身を置くけれども、さらに弱小な人の身に危険が襲った際、何一つはばかることもなく救いの手を差し伸べた」とその人間性を絶賛した。

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城山英巳(しろやま・ひでみ)

時事通信北京特派員

1969年生まれ、慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社入社。社会部、外信部を経て2002年6月から07年10月まで中国総局(北京)特派員。 外信部を経て11年8月から北京特派員。11年、早稲田大学大学院修士課程修了、現在、同大学院博士後期課程在籍中。著書に『中国臓器市場』(新潮社)、 『中国共産党「天皇工作」秘録』(文春新書、「第22回アジア・太平洋賞」特別賞受賞)、『中国人一億人電脳調査』(文春新書)がある。14年に戦後日中外交史スクープで13年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。

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