経済の常識 VS 政策の非常識

2012年1月19日

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 天は人の上に人をつくらずと福澤諭吉は明治の初めに人間の平等を謳ったが、現在の日本には一票の格差がある。衆議院で見れば、議員一人当たり一番有権者の多い選挙区と一番少ない選挙区の有権者の比率は最大で2.3倍、参議院ではもっと極端で4.86倍となる。すべての日本人が平等であるならば、その投票権の価値は平等であるべきだ。

 もちろん、平等でないことがあらかじめ決められていることもある。

 連邦制の国家では、各邦の平等を維持するためにあらかじめ同じ数の代議員を送ると決められていることが多い。アメリカが典型的な例で、上院議員の数は州の人口に拠らず2人である。

 日本における参議院の意味まで議論するときりがないので、参議院の目的は、国論が一方に傾くことを避けて政治を安定させることであるとしよう。

 そうであっても、一票の価値に差があっても良いということにはならない。例えば、衆議院を小選挙区制に、参議院を比例代表制にするとしよう。比例代表制は、小選挙区制と異なって、議席が大きくは変化しない制度だから、政治を安定させるという意味を持つ。この場合でも、小選挙区、比例代表ともに一票の格差があってはおかしい。だから、両院ともに、一票の格差があってはならないはずだ。

是正されないのは議員が反対するから

 一票の格差は、人口の少ない地域が有利に、人口の多い地域が不利になっている。都市よりも地方を大事にするべきだから、人口の少ない地域をより大きく代表させることが望ましいと考える人もいる。

 しかし、地方を都市よりも大事にするべきかどうかは、国民が、すなわち、国民の代表である議員が決めるべきことで、一票の格差によって決めるべきことではない。最初から代表性が歪んでいたのでは、国民が平等の立場で議論して決めたことにはならない。

 そもそも、一票の格差が生まれたのは、人々が地方から都市に移動してきたからだ。であるにもかかわらず、地域ごとの議員の数がなかなか変わらなかったから、一票の格差が生まれただけだ。地域ごとの議員の数が変わらなかったのは、数を減らされる地域の議員が反対したからにすぎない。要するに、一票の格差とは、議員の既得権の問題にすぎない。

 もちろん、既得権を覆すのは難しい。最高裁が、2011年3月に、一票の格差がある状態での09年8月末の衆院選を「違憲状態」とする判決を出しているにもかかわらず、修正されそうにない。一時は、11年中にも、衆院選小選挙区の「一票の格差」を解消するため、各都道府県に1議席ずつを優先して割り当てる「1人別枠方式」を廃止する法案を成立させる動きがあったが、結局、12年の国会に先送りすることになった。

 こういうことはあらかじめ決めておくのが最も良かった。アメリカ憲法にはそういう条項があって、「下院議員は、各州に人口に応じて配分される。人口計算は、10年毎に、法律の定める方法で行わなければならない」とある。日本国憲法がアメリカの影響で策定されたものなら、この条項を入れておいて欲しかった。

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