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2019年9月8日

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矢沢彰悟 (やざわ・しょうご)

大学卒業後、スポーツカメラマンやライターとして活動するも、学生時代から携わっていたサッカー指導者としての道を本気で志すため2015年、スペインのバルセロナに。現地の監督養成学校にて監督ライセンスを取得し、現地の少年から大人までの監督、 コーチを歴任する。 スペイン監督最高ライセンスを取得し、現在は国内クラブの育成年代を指導する。

 日本に帰ってきて数ヶ月が経った。この間担当させてもらっているチームを指導してきたのだが、スペインにいた時とは指導の仕方は当然変わっている。具体的には選手との接し方や声かけの方法を意識的に変えている。なぜなら日本の選手たちはスペインの選手たちとは違うからだ。

 今のところの感覚だが、日本の選手たちは“自分を表現する”ことが苦手。もっと言えば、自分の意見や考え、感じていることを主張してくる姿勢が弱い。そしてそのような姿勢は自分の持っている能力をチームのために最大限まで表現しなければならないサッカーにおいては、決して望ましいこととは言えない。

スペインでは、互いの立場等関係なく、自分の主張をぶつけあう(筆者撮影)

 J1湘南ベルマーレの曺貴裁(チョウ・キジェ)監督による選手とスタッフへのパワハラ疑惑の報道が出た。真偽のほどや詳細は現在のところわからないし、この件についての是非をここで論じるつもりはない。

 私がこの件から考えているのは、言われた側と言った側の関係性はどのようなものだったのだろうか?ということだ。

 もし言葉の受け手側が言われたことに納得しているならば、それは真摯に受け止めなければならないだろう。だがもし異論や反論があるならば、その場でも後にでも何か言い返すことはできなかったのだろうか?もしできなかったのなら、その両者の関係性には改善の余地はあったのだろうと個人的には思っている。

 仮にこれがスペインだったらと考えると、おそらくこのような問題が起こることはそもそもなかったと思う。なぜなら選手もスタッフも納得できないことや意見があったら何の遠慮もなく互いの立場など関係なく主張するし、議論になることから逃げず恐れず、主張をぶつけ合うからだ。

 決して「言われた側の人間が精神的に弱くて反論しなかったのが悪い」などと言っているのではない。むしろその逆で、“目上”である監督がチームの誰もが自分に意見しやすい雰囲気を作るべきなのだ。

 日本では立場が上の者を敬う文化が根強いため、どうしても“目下”の者が“目上”の者に意見しにくいという空気がある。そのため特に育成年代のスポーツにおいては選手が指導者に対して自分の意見を言うことができる雰囲気作りと相性が悪いのは確かだ。

 だが「選手が自分に意見や主張することが許される空気」というのはスポーツのチーム作りにおいては必要不可欠なものであり、指導者の非常に大事な仕事の一つでもある。

 スペインを含む欧州ではそれが当然のこととして指導者の仕事になっている。例えばマンチェスター・シティを率いるグアルディオラ監督もピッチ脇で選手やスタッフと互いの意見をぶつけ合いながら激論することなどよく見る光景だ。私もスペインで監督をしていた時はほぼ毎回の練習や試合で、ある日はチームの戦術について、ある日は選手のポジションや起用法について、ある日は練習方法について、他にも挙げればきりがないほど、選手と喧々諤々の意見や主張のぶつけ合いをした。

 その中には正直選手からの文句に近いものもある。もちろん受け入れがたいことや腹が立つこともある。

 だがスポーツにおいては選手も指導者も、まずは互いの主張やそこから議論になることを逃げてはならない。かつて現地でU-12のチームの監督をしていた時、クラブの上司に言われたことがある。

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