【開業50周年記念】 My Memories of the 東海道新幹線

2014年9月4日

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 「新幹線に乗る時は、窓際を選ぶようにしてました。景色を眺めるためではないですよ。ピッ、ピッと通り過ぎる、線路沿いの電柱を瞬間的に目で追いかけるんですわ。今でいう、動体視力を鍛えるためです」

 世にも珍しい新幹線体験を話すのは、通算2543安打、1965盗塁と輝かしい記録を残した、元阪急ブレーブスのプロ野球選手・福本豊さんだ。走攻守すべてに抜きんでた活躍は、日々の鍛錬の賜物。新幹線の車窓の電柱をボールに見立てて、バッティングのタイミングをとる技術を磨いていたという。

国民栄誉賞の打診を受け、「そのへんの賞とは違うとてつもない賞ですよ。そんなんもろたら立ちションもできんようになるから断りました」と話す福本豊さん。後方は「ドクターイエロー」 (Masataka Namazu)

 「通過駅のホームに立つ人を数えようともしましたけど、速くて無理でしたわ(笑)。そんなアホなことばかりしてましたね」

 電車内でトレーニングをする習慣は、大鉄高校(現阪南大学高校)の野球部時代に身につけた。大阪市内の自宅から高校までは、大阪環状線と近鉄線を乗り継いだが、その間、つり革を持たずに立ち続けることで足腰を鍛えた。また眼下を流れる枕木を見つめながら、新幹線と同様、架空の打撃練習もした。

 「先輩から教わったことですからね。野球部員なら、けっこう、みんなもしてたと違うんじゃないですか」と往時を振り返る。ちなみに66歳となった今日も、駅の階段は必ず一段飛ばしで上るという。「今は訓練というんじゃなしに、ヒップアップのためですわ」と笑う。

 そんな福本さんが、初めて新幹線に乗ったのは、高校卒業後、社会人野球の松下電器(現パナソニック)に進んだ1966年だった。高校時代までは、修学旅行などで東京に行くには在来線の夜行列車を利用していたから、「やっぱ新幹線は、めっちゃ速いな」と無邪気に喜んだ。

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