オトナの教養 週末の一冊

2015年7月30日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 1990年に出版され、ハリウッド映画にもなった『ジュラシック・パーク』には、実にわくわくしたものだ。

 植物の樹液が固まった琥珀の中に閉じこめられた古代の蚊。この蚊が、たまたま恐竜の血を吸っていたことから、科学者は蚊から恐竜のDNAを抽出し、生きた恐竜を現代によみがえらせることに成功する。

 ばかげた夢物語と一笑に付されるどころか、現実味のある科学小説として大成功をおさめたのは、当時、ヒトゲノム解読作業が加速しており、92年には実際に、琥珀の中のシロアリから古代のDNAが抽出されたという論文が発表されたからだ。

 その後も、『ジュラシック・パーク』の世界的ヒットと呼応するかのように、琥珀の中の昆虫からDNAを抽出したという報告が相次いだ。なかには、一億年前より古いと主張するものまであった。

 ところが、『ネアンデルタール人は私たちと交配した』の著者スヴァンテ・ペーボによると、「恐竜のDNAなんてありえない!」のだそうだ。本書を訳した野中香方子氏が「あとがき」に告白しているが、私も恥ずかしながら本書を読むまで、恐竜のDNA抽出に疑いを持っていなかった。

 華々しいニュースは多くのメディアで大々的に報じられるが、それに対する疑問の声やその後の科学的論争のゆくえは報じられることが少ない、というのは全くそのとおりで、私も能天気に報じた記者の一人として、臍をかむ思いである。

科学は客観的でもなければ公平でもない

『ネアンデルタール人は私たちと交配した』 (スヴァンテ・ペーボ、文藝春秋)

 「PCRで驚くべき結果を出すのは簡単だが、それが正しいと証明するのは難しい。であるにもかかわらず、ひとたびその結果が公表されると、それが誤りで、混入によるものだと示すのは、なお難しいのである」と、ペーボはいう。

 古代のDNAをとりだすことは、とてつもなく難しい。ましてや、その塩基配列を読むには、ゲノム解読技術のスピードアップと精密化が不可欠だった。

 いい加減な論文、いかがわしい研究成果がもてはやされるなか、あせりや悔しさを抱えながら、地道にこつこつ課題を解決し、研究を積み上げていくことが、いかに過酷な作業であるか。

 「科学は明々白々な真実に対して、科学者以外の人が想像するほど、客観的でもなければ公平でもない。実のところそれは社会的な活動であり、何が『常識』かは、大物や、引退した後も影響力を持つ学者の弟子たちが決めるのだ」。

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