地上数百メートルでの仕事とは
命がけの現場を『語る鳶』

多湖弘明(鳶職人)


吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

この熱き人々

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 雨の日も風の日も、雪や台風の日にも、地上数百メートルの上空で鉄骨を組む。強靭な心身と高いスキルをもつ専門職、「鳶(とび)」の仕事の実態を発信し続けるのは、その価値と誇りを、命を削るような現場で自ら体得してきたからこそだ。

講演に招かれる機会も増えた。そんな時にはスーツ姿で

 鳶。鳶職人。言葉は知っているけれど、具体的にどんな仕事をしているのかと問われると、なかなか正確には答えられない。高い所で仕事をしている人? 建築現場で働いている人? ニッカボッカと地下足袋の人?

 40階建てのビル建築現場での仕事を終えて現われた鳶職人の多湖弘明は、小柄で細身で、39歳という年齢よりもずっと若い印象を受ける。中折れ帽にストールをセンスよく巻いた姿は、工事現場よりオシャレな街並みに似合いそう。

 「朝は早いのでニッカボッカで仕事に行くこともありますが、帰りは現場で着替えて帰ります。最近はニッカボッカではなく平ズボンの職人もいるみたいですけどね」

 ところで、鳶の正装ともいえるニッカボッカは、なぜあんなにダボダボしているのだろうか。

 「実は、ダボダボには危険を回避する機能が詰まっているんです。まず足を上げたり膝を曲げるのに邪魔にならない。高所で作業する時に柱や梁や鉄骨などにダボダボが触れることで、猫のヒゲのような危険察知センサーの役目もします。それに風力計でもあるんです。高層での鉄骨の上の作業は、風が強い時は風速40メートルなんていうこともあります。吹き飛ばされたり、クレーンで吊り上げる鉄骨があおられたり、風は最も怖い。地上で鉄骨にネットを掛けたりクレーンを操作する人たちも、空中の鳶のダボダボ部分が風でバタバタはためく様子で風速を把握して慎重になります」

 危険という言葉は、高所で仕事をする鳶にはどうしてもついて回るが、危険の実感がニッカボッカひとつからでもこんなにリアルに迫ってくる。

 建築工事は、まず掘削(くっさく)や杭打ちなどの基礎工事、次に土台の上に建物を建てる躯体(くたい)工事、その後に仕上げ工事、外壁工事、電気設備工事、内装仕上げ工事、外構工事と続いて完成となる。鳶職人がかかわるのは鉄骨を立て鉄筋を組む躯体工事が中心になるが、現場の仮囲いを作り、足場を組み、タワークレーンを組むのも鳶の仕事だという。建物が完成して最後に最上階のタワークレーンを解体して下ろし、足場を外すのも鳶。鳶がいなければ工事が始まらないし工事が終わらないといわれる所以だ。

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著者

吉永みち子(よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

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