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2010年4月5日

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 「いま政権が、子育て支援や教育に力を入れています。それ自体は僕も賛成なんですが、どうも、親が働きやすくなったり、趣味の時間がとりやすくなったりすることが目的になっているように感じます。育てられる子どもの側に立って、政策がどういう意味を持つかという深い考察がないんじゃないか。生まれたばかりの子どもが絶対的に必要としている母親を、遠ざける政策になっていないか」

 子ども手当、保育所の増設、高校教育の無償化……。いずれの政策にも、子どもを育てやすい環境を整えるとの大義があろうが、それらはおしなべて親にとって都合のよいものであり、むしろ子どもにはマイナスになりかねないと、元上野動物園園長の中川志郎は危惧する。

飼育係に育てられたサルは
トラブルを起こします

中川志郎(なかがわ・しろう)
1930年生まれ。52年に東京都立上野動物園に獣医師として勤務。その後、多摩動物公園園長、上野動物園園長を歴任。 写真:田渕睦深

 中川はその半生を動物園に勤めて送り、数多の動物の出産や育児に関わってきた。育児書も保育所も子ども手当もない動物たちの子育てからうかがえるのは、生物としての原点、言い換えれば個の成長や群れの安定を実現するために進化の過程で獲得してきた仕組みである。人間もまた動物の進化の結果として存在するのに、今はその原点を忘れつつある。

 生物としての子育ての原点とは何だろうか。中川によれば、すべての生物には、どうしたら無益な争いを避けて共生できるかなど、長い歴史の中で積み重ねてきたノウハウが遺伝情報として記憶されている。それを発現させるには、生まれてからの、生物的学習、生態的学習という2段階の学習が必要になる。

 「霊長類で言えば、絶対的な安心感があった子宮から生まれ出た子どもに、子宮にいた時と同じような安心感を与えるのが、母親の抱擁や言葉かけです。その中で子どもには、自分を保護してくれるのが母親であり、自分は母親と同じ生き物であると刷り込まれます。こうした密着状態を通して、母親への絶対的な信頼感(原信頼)が生まれる。これが生物的学習です」

 「原信頼があるから、母親の行動を真似たいという衝動が起きます。そうして生きる術を学んでいくのが生態的学習です。また、母親への信頼が、母親が一緒にいる人への信頼へと広がっていきます。信頼がなければ絆が生まれません。まず、母親への原信頼があり、次に父親と絆を結び、祖父母や兄弟と絆を結んでいきます。長じて集団に入る時も、母親という基地に帰れる安心感があるから踏み出せるんです」

 「例えば、動物園の飼育係に育てられたサルは、どれだけ可愛がっても人間のやり方でしか育ちませんから、成長しても群れに入っていけなかったり、自分に子どもが生まれた時にどう育てていいのかわからなかったりして、トラブルを起こします」

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