チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年4月14日

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城山英巳 (しろやま・ひでみ)

時事通信社外信部記者

1969年生まれ、慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社入社。社会部、外信部を経て2002年6月から07年10月まで中国総局(北京)特派員。 外信部を経て11年8月から2度目の北京特派員。11年、早稲田大学大学院修士課程修了。現地での中国取材は10年に及ぶ。16年5月に帰国し、現在外信部記者。近著に『中国 消し去られた記録〜北京特派員が見た大国の闇』(白水社)、著書に『中国臓器市場』(新潮社)、 『中国共産党「天皇工作」秘録』(文春新書、「第22回アジア・太平洋賞」特別賞受賞)、『中国人一億人電脳調査』(文春新書)がある。14年に戦後日中外交史スクープで13年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。

 中国で覚せい剤密輸の罪に問われた日本人4人に対する死刑が執行されたが、その一人である森勝男死刑囚(4月9日に死刑執行)は実に、拘束から6年9カ月が経っており、「一体今なぜ執行なのか」というのは素朴な疑問だろう。その謎を解くには、小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝問題で悪化した日中関係の変化、そして「大国」として台頭を続ける中国の自信、という背景を理解する必要がある。死刑執行問題を見れば、「日本VS中国」「国際社会VS中国」の本質が理解できるのである。

政治問題化した覚せい剤密輸事件

 筆者は北京特派員として邦人覚せい剤問題を一貫して取材してきたが、この問題が最初にクローズアップされたのは、2004年2月、森勝男への「執行猶予なし死刑判決」が発覚した際だった。森は03年7月、遼寧省瀋陽の空港から覚せい剤1.25キロを持ち出そうとして拘束された。

 中国刑法では覚せい剤なら50グラム以上の密輸で死刑になる可能性があると規定されている。ちなみに執行猶予付きなら猶予期間の2年間に問題がなければ無期懲役に減刑されるが、猶予の付かない森の判決には当時、かなりの衝撃が走った。

 「靖国問題で日中関係が悪化する中、日本人に対して死刑が執行されればますます日本の反中感情は厳しくなる」。北京の日本大使館幹部の見方だった。

 どうも「猶予なし死刑第一号」となった森の場合、地方の裁判所が中国人に対する量刑をそのまま適用し、対外政策を統括する中央機関と協議せずに独自の判断で判決を下した可能性が高かった。その証拠として森より大量の覚せい剤密輸に問われた日本人に対してその後出た判決では「猶予」が付いたケースがいくつかあった。

 森の判決以降、一連の覚せい剤密輸事件は、「日中関係に配慮し、慎重に対応する政治問題」(日中関係筋)となり、胡錦濤指導部もこの問題に神経を尖らせることになるのだ。

「捕まってもせいぜい1年で帰れる」

 ここで「覚せい剤密輸事件」の経緯に触れておこう。

 01年末に発生した北朝鮮工作船事件により東シナ海の海上監視が厳しくなり、中国・北朝鮮産の覚せい剤の卸売価格は日本国内で急騰。日本の暴力団は、国内の失業者やホームレスを探して1キロ当たり200万円程度の成功報酬を約束し、「運び屋」に仕立てて空路運ばせようと企てた。その結果、03年、日本に覚せい剤を持ち出そうとし、中国各地の空港で拘束される日本人は13人に上った。その中の一人が森勝男だった。そして森に指示したのが、後述する密輸ネットワーク「元締」・武田輝夫(4月9日に死刑執行)である。

 森は、収監された瀋陽市の拘置所内で、同拘置所に一時収監されていた日本人元被告に対してこう話している。

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