まやかしの現代版ニューディール
「やっぱり私には向いていない」
愛知県田原市で1月、県主催の介護・福祉事業相談会に参加したトヨタ田原工場の元期間従業員の男性(50歳)は、ため息混じりにつぶやいた。続けて男性は言う。
「他人の排泄や風呂の世話を考えると自分にはちょっと……」
会場で参加者の相談を受けていた社会福祉法人成春館(愛知県田原市)の石田豊子施設長は、「この仕事は不況になると注目される」ことに苦笑いしつつも、現場で求められる人材を次のように指摘する。
「この仕事は相手が人。製造業のようにマニュアルどおりに黙々とできる仕事ではない。基本的に人間が好きな人でなければ長く勤まらない」
そもそも、資格を持った介護福祉士ですら「5年続いたらいいほう」(業界関係者)といわれる介護業界。ましてやこれまで1日中、機械相手に黙々と仕事をしてきた非正規労働者が易々とできる仕事ではないだろう。説明会に訪れていた現役介護士の男性(39歳)も次のような不満をぶちまける。
「派遣の人は続かない。ここ3カ月で派遣労働者を5人受け入れたが、3人が辞め、そのうち1人は1日で辞めた。しかも彼らは仕事を時間で割り切る。そのため、終業時刻間際にお年寄りから用事を頼まれてもやらずに帰ってしまう」
現実無視の雇用創出
総務省が発表した労働力調査によれば、昨年12月の完全失業率は4.4%を突破。製造派遣事業者らの業界団体の試算では、3月末までに製造業で働く派遣・請負労働者の失業者は40万人に達する見込みという。
各地のハローワークでは、増え続ける求職者の対応に追われている。ハローワーク豊橋の加藤実所長は昨今の状況について、「私も窓口対応を応援している状況。40年この仕事をしているが、短期間でこれほど求職者が急増したという経験は初めてだ」と戸惑いを隠さない。
こうした現状を踏まえ、介護のみならず、担い手の高齢化で後継者不足に苦しむ農業や林業などの各分野において、政府は2011年までに160万人の雇用を創出という計画を打ち出し、民主党は250万人の雇用を創出することを検討している。
地方自治体や企業も積極的に動いているが、「介護や農業を希望する人は少ない」(ハローワーク浜松・鈴木忍産業雇用情報官)状況で、なおかつ求職者からは「市の募集する臨時職員では期限が短い」(愛知県豊田市役所産業労政課)との不満の声が上がる。ハローワーク刈谷の高須誠一次長は「何で自分が仕事を探さないといけないのだ、という被害者意識から切り替わらない人もいる。雇用保険が切れたらどうなるのか」と気をもんでいる。
求人はあるのに求職者が少ない─。「仕事がないなら介護や農業へ、という図式は簡単には成り立たない」(あるハローワーク幹部)との声が大勢だ。この現象の背景にあるものは何だろうか。失業者個人の考え方や性格、習慣といった問題では片付けられないのではないだろうか。
まず言えるのは、介護、農業の脆弱すぎる産業構造だろう。どちらも国にとって欠かせない基盤である。しかし、3Kだからと、社会全体で長らく放置してきたために、産業として成立していない。
もうひとつ考えられるのは、現代における人々の労働観の変質であろう。「仕事は手っ取り早く稼ぐ手段」と割り切る人が増えているなかで、お世話をする高齢者らとの人間関係を構築したり、農作物を収穫したりするのに多大な時間や忍耐を要する介護や農業に人を戻していくことは、政治が叫ぶほど簡単ではない。頭数だけを揃えて雇用の受け皿を用意したというのは、政策としてあまりに貧弱ではないか。