シリーズ「待機児童はなぜ減らないのか?」

2017年4月13日

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小林美希 (こばやし・みき)

労働経済ジャーナリスト

1975年生まれ。株式新聞社、毎日新聞エコノミスト編集部を経て2007年2月からフリーのジャーナリスト。「ルポ看護の質〜患者の命は守られるのか」「夫に死んでほしい妻たち」(朝日新書)、(岩波新書)「ルポ保育崩壊」(岩波新書)と「ルポ母子家庭」(ちくま新書)「ルポ“正社員”の若者たち」(岩波書店)、「看護崩壊」(アスキー新書)、「ルポ職場流産」(岩波書店)、「ルポ産ませない社会」(河出書房新社)など

 「夜勤をしてもしなくても長時間労働は避けられない」

 都内の病院に勤める看護師の原野美知恵さん(仮名、35歳)は、不妊治療を経て待望の子どもを授かった。上司である病棟の師長に妊娠を報告し「すみません。つわりが酷いし、お腹が張って流産が心配なので夜勤を免除してもらえないでしょうか」と申し出た。すると、師長から「急に言われてもシフトを調整できない。人手が足りなくて皆が夜勤を頑張っている。あなただけ特別扱いできない。夜勤ができないならパートになって」と、暗に退職かパートになるかの選択を言い渡された。

 妊娠を理由にパートにさせるなど労働条件の切り下げ(不利益取り扱い)も、男女雇用均等法によって禁じられているが、美知恵さんは「看護師はやりがいのある仕事で辞めたくはない。けれど、みんなに迷惑をかけてまで夜勤免除を強くいえない。不妊治療でせっかく宿った命。ここで争って居づらくなるより、いったんパートになって出産まで無事に過ごしたほうがいいのかもしれない」と悩んだすえに、やむなく労働条件の切り下げに応じた。

 美知恵さんは非正規でも育児休業を取って職場復帰できることになったが、出産直前には切迫早産(早産しかかる状態)のため、休みが多くなって勤務実績が足りず認可保育所に子どもを入れることができなかった。病院の院内保育所に子どもを預けながら、認可保育所に空きが出るのを待つうち、師長から「そろそろ常勤に戻って夜勤に入れないか。それが無理なら、土曜の勤務に入ってほしい」と詰め寄られている。

 「看護師として技術を高めていくには、私は病棟勤務がいい。しかし、看護師で病棟にいる以上、夜勤から逃れられない。かといって、夜勤をしない代わりに土曜も仕事では、さすがに子どもがかわいそう」と、美知恵さんは悩んでいる。

(iStock)

ワークライフバランスは絵に描いた餅

 民間企業で働く夫は長時間労働で、ほとんど子どもと接する時間がない。夫による保育所の送り迎えは全く期待できない。頼ることのできる実家も近くはない。院内保育所なら夜勤の間も子どもを預けられるが、利用できるのは3歳まで。もし地域の認可保育所に入ることができても、夜勤や遅番に対応できる延長保育は実施していない。

 「ワークライフバランスなんて、人手不足の業界では絵に描いた餅でしかない。今の病院で看護師を続けられたとしても3歳まで。これ以上働くなら、辞めてクリニックのパートになるしかない。女性は子育てしながら、やりがいを感じて働いてはいけないのか」と、不条理さを感じている。

 共働き世帯が増えるにつれ、当然、保育の需要は高まる。1980年代は専業主婦世帯が主流で、80年の専業主婦世帯は1114万世帯、共働き世帯はわずか614万世帯だった。しかし、バブルが崩壊した91年から両者は拮抗するようになり、山一証券が破たんし金融不安が襲った97年には、完全に逆転。2000年のITバブル崩壊、2008年のリーマンショックなどをきっかけに共働き世帯が増加していき、2013年の共働き世帯は1065万世帯、専業主婦世帯は745万世帯となっている。不況期には「手に職つけて働き続けられる」と、医療や福祉業界への就職人気が高まった。

 2007年には団塊世代が定年を迎えて大量離職が始まった。2010年頃からは、労働力人口の激減を目前として、どの業界でも人材確保に躍起になり、新卒採用は売り手市場になった。学生のなかには、「一生働き続けたいから」「働きながらきちんと子育てもしていきたい」と、男女を問わずに、子育てとの両立支援に手厚い企業を調べて採用試験を受ける姿も多くみられるようになっている。「男女共同参画」や「男女平等」という意識が高まり、当然のこととして共働きは増える傾向にある。

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