明治維新の真っ只中、文明開化による目新しいものへの興味関心が高まるとともに、日本古来の伝統文化を「旧物」として軽んじる社会風潮が生まれます。特に宗教視点では「神仏分離令」によって廃仏毀釈の活動が活発化し、歴史ある寺院の仏像や古文書、建造物や美術品などが大量に破壊されたり、海外への流出が後を絶ちませんでした。のちに政府が主要な古社寺(こしゃじ)に保存金を交付して維持・管理したり、歴史的・美術的に価値の高い建造物や宝物類を「国宝」などに指定しながら保護してきたのには、そのような経緯があります。今私たちが目にする歴史ある社寺は、決して当たり前にあるものではないのです。

そんな古社寺ですが、なんのために建てられたのか、長い歴史の中でどんな役割を果たしてきたのかは、意外と知らない人も多いはず。今回はそんな古社寺の「謎」に迫った『古社寺の謎シリーズ』から、おすすめの三冊をご紹介します。

1.聖徳太子に秘められた古寺・伝説の謎 正史に隠れた実像を探訪する

瀧音能之

聖徳太子に秘められた古寺・伝説の謎 正史に隠れた実像と信仰を探る

瀧音能之

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2021年は聖徳太子の御遠忌1400年を迎える記念の年。ただ、最近の研究で聖徳太子は実在していないのではという説もあり、教科書でも本名である「厩戸王(うまやとおう)」が表記され、これまでのイメージとは異なった「聖徳太子像」が徐々に解き明かされています。そんな太子ゆかりの記念の年に、改めてその謎に迫るのが本書『聖徳太子に秘められた古寺・伝説の謎』です。

太子が行った功績としては、冠位十二階や十七条憲法の制定、遣隋使の派遣、仏教興隆のための法隆寺や四天王寺の建立などが有名で、大陸文化の積極的な受容、国家の体制づくりに尽力したことで知られています。いずれも以前までの教科書では度々紹介され、「辣腕の政治家」「古代史のカリスマ」といったスーパースターのイメージが付きまといます。ただし、興味深いことに、太子の死後100年ほど経った8世紀初めに成立した『日本書紀』では、その超人ぶりがすでに記述されているそうで、急速な神格化を果たしたその理由とはなんなのか、と聞くだけでも好奇心がそそられる内容となっています。

駒澤大学文学部で歴史学科の教授を務める古代史の第一人者・瀧音能之先生が、太子に関する基礎史料とされる『日本書紀』や『上宮聖徳法王帝説(じょうぐうしょうとくほうおうていせつ)』や、それらがあえて描かなかった史実を研究していくなかで、当時から"カリスマ"だった太子の実像を謎解き風に解説してくれます。太子の御遠忌の年は始まったばかり。本書を読んで各地で行われる記念のイベントに足を運んでみるのも一興です。

2.京都異界に秘められた古社寺の謎 歴史を動かした京千二百年の舞台裏

新谷尚紀

京都異界に秘められた古社寺の謎 歴史を動かした京千二百年の舞台裏

新谷尚紀

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国内有数の観光地であり、由緒ある寺社仏閣も数多く点在する京都。煌びやかな印象が先行する都市の、「裏の貌(かお)」ともいえる影の部分に迫ったのが新谷尚紀先生の著書『京都異界に秘められた古社寺の謎』です。民俗学の第一人者でもある新谷先生ならではの語り口で、さまざまな災厄に見舞われ続けた京の都の「異界」や「闇」を、その土地の記憶を色濃くとどめる社寺を切り口にエスコートしてくれます。

例えば、「はじめに」で語られる八坂神社の祇園祭。祇園囃子の調べととも行われる山鉾巡行や宵山で知られ、なんとも賑やかで多くの観光客を集める祭礼ですが、もともとは平安貴族たちを苦しめる怨霊を鎮めるため、そして同時に流行していた疫病をもたらす疫神を祓い送るための祭祀が由来とされています。華やかな祭事の裏にある、当時の京都の人々が抱いた見えざる存在への畏怖と不安は、2021年時点のこのコロナ禍を経て、現代の私たちにも感じるところがあります。

本書ではそれら京都の1,200年もの長い歴史のなかで、まことしやかに信じられてきた天狗・鬼・幽霊が跋扈(ばっこ)する魔界・異界・冥界の存在を、社寺の由来や権力をめぐる闘争の悲話・敗者の哀話などから興味深く解説してくれます。普段の京都観光に飽きてしまった人にとっては新しい視点の観光ガイドとして、そうでなくても知らなかった京都の神秘的で禍々しい一面を知ることができる書籍として、楽しく読み進められることうけあいです。

3.日本書紀に秘められた古社寺の謎 神話と歴史が紡ぐ古代日本の舞台裏

三橋健

日本書紀に秘められた古社寺の謎 神話と歴史が紡ぐ古代日本の舞台裏

三橋健

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2020年は『日本書紀』が成立してからちょうど1,300年にあたるということで、各地で記念のイベントや特別展などが開かれました。そんな記念の年に発刊されたのが本書『日本書紀に秘められた古社寺の謎』で、神道学の第一人者として有名な三橋健先生を迎えて、『日本書紀』に登場する神社や寺院に秘められた謎に迫っています。

そもそも神社とは、一般的には宗教と信仰のための施設とされていますが、古くから「政(まつりごと)の中枢」としても重要な機能を果たし、政治や文化と密接に関ってきた歴史があります。民衆を治める古代の首長たち・氏上(うじのかみ)は氏神を祀る祭司としての役割も担っていて、いかに神社が権威とともに存在していたかが窺い知れます。同様に寺院も、6世紀半ばの百済から仏教が伝来した後、政治や権力の求心力を高めるツールとして機能し、その重要な地位を確立しました。

『日本書紀』に登場する社寺は、いずれも日本の歴史と信仰、そして文化の骨格として礎を築いてきたものばかりで、そのほとんどが1,300年の時を経て未だに現存する事実は驚きを禁じえません。本書では、奈良県桜井市にある日本最古の神社・大神(おおみわ)神社、三重県伊勢市の言わずと知れたお伊勢さん・伊勢神宮、国譲り神話の地・島根県出雲市の出雲大社など、誰もが知る社寺から、ちょっとディープな社寺まで、その建立の由来や歴史との関わりに触れながら謎解き風に解説しています。ちょっとミステリアスな古社寺の世界を知ることで、実際に参詣する際にも違った楽しみ方ができそうですね。

 

歴史の研究は近年になればなるほど加速を続け、今まで誰も知らなかった事実が急に明るみになる分野。特に宗教や権力と密接に関わってきた「古社寺」を軸とした切り口は、まったく関係ないと思っていた点と点をつなげ、想像もしなかった展開を見せてくれます。ウェッジブックスの『古社寺の謎シリーズ』で、古代のミステリーに足を踏み入れてみませんか?