オトナの教養 週末の一冊

2017年9月29日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 そもそも害虫や病原体の「兵器化」はそれほどむずかしいことではない。しかも、農業に対するテロ行為は、すぐには見つかりにくい。見つかっても、犯人の特定は非常にむずかしい。

 なぜなら、「作物を蝕む害虫や病原体の多くは、研究されてもいなければ、名前さえつけられていない。命名されているものでも、そのほとんどは、どこから到来する可能性が高いかを予測するのに十分なほど詳細な遺伝的研究が行われてない」からだという。

 一方、将来の危機に備えて作物の多様性を守ろうと、文字通り命を懸けて種子の収集や保存に奮闘した科学者たちの物語には、心底感謝し、頭が下がった。日本の農学者、稲塚権次郎によるコムギへの貢献の逸話も語られており、日本人として誇らしい。

「敵は、いつかは必ず追いついてくる」

 2050年には、世界の食糧需要が倍増する一方、地球温暖化のせいで熱帯低地では作物の栽培がさらに困難になるという。

 たとえ「ゲノム編集」技術を用いて、病害抵抗性をもつ品種が容易にできるようになったとしても、伝統品種や近縁野生種の保護、さらには、作物が相互依存する生物と環境の保護の必要性は増すばかりだ、と著者は主張する。

 その裏には、遺伝子組み換え作物で得た教訓がある。

 Bt毒素や除草剤に対する耐性を進化させた害虫や雑草の出現を予想し、科学者は進化生物学を用いて、Bt作物に対する耐性が進化するのを遅らせる「避難栽培」というアプローチを開発した。

 たとえば、Btトウモロコシを、Btを生成しない作物とともに栽培すると、後者は、Btに弱い害虫が繁栄する一種の避難場所となる。Btに耐性をもつ害虫がときに進化しても、進化した害虫は避難作物に大挙してとまっている耐性のない害虫と交尾する確率が高いので、その子孫はBt作物を摂取できるほど十分な耐性をもたないのだ。

 実際、数学モデルにもとづいて計算されたこの戦略はうまくいった。アメリカとオーストラリアのBt作物の畑では、避難栽培が必須になっている。他の地域でも、強く要請されるようになったという。

 しかし、本書に挙げられている過去の事例同様、「敵は、いつかは必ず追いついてくる」。Bt作物に対する耐性をもつ害虫は、すでに5種出現しており、さらに増えつつあるという。

 このように、害虫や病原体と作物が互いに一歩先んじようとする進化的な競争を、著者は、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に出てくる「赤の女王」の果てしないレースにたとえる。このレースでは、いくら走っても同じところに留まる。前進するには、2倍速く走らねばならない。

 栽培化された作物と異なり、近縁野生種は、交雑と害虫のおかげで進化し続けている。したがって、気候変動、害虫、病原体に強い新たな作物を育種し続けるには、「新たな害虫や病原体、あるいは気候の変化が新たな近縁野生種を生じさせるような場所」を守らねばならない、というわけだ。

 「農業が集約化されればされるほど、また気候が極端化すればするほど、さらには新たな病原体が多数出現すればするほど、作物の近縁野生種の役割はそれだけ重要になる」という著者の主張には、まったく同感である。

 <人類を破滅から救うためには、野生の土地と野生種を保護しなければならないことは自明であろう。私たちが今後も、作物を食べ、ゴムタイヤの車を運転し、文明を維持するためには、それらを保護しなければならない。私たちは、野生の土地を無条件に救うべきだが、野性(野生のゴムノキ、カカオの木を受粉させるハチ、クロバエ、グアユールなど)が持つ本質的な美や価値に関心を持てないのなら、せめて私たち自身のために野生の土地を救うべきである。>

  
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