チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年9月28日

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城山英巳 (しろやま・ひでみ)

時事通信社外信部記者

1969年生まれ、慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社入社。社会部、外信部を経て2002年6月から07年10月まで中国総局(北京)特派員。 外信部を経て11年8月から2度目の北京特派員。11年、早稲田大学大学院修士課程修了。現地での中国取材は10年に及ぶ。16年5月に帰国し、現在外信部記者。近著に『中国 消し去られた記録〜北京特派員が見た大国の闇』(白水社)、著書に『中国臓器市場』(新潮社)、 『中国共産党「天皇工作」秘録』(文春新書、「第22回アジア・太平洋賞」特別賞受賞)、『中国人一億人電脳調査』(文春新書)がある。14年に戦後日中外交史スクープで13年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。

 尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖で発生した中国漁船衝突事件で日中関係悪化への懸念が急速に高まった9月11日午後8時から9時にかけてのことだった。戴秉国国務委員(副首相級)が丹羽宇一郎駐中国大使に外交部(外務省)に来てほしいと求めた。英語で「summon」(呼び出し)という表現が用いられた。10日午前には外相から呼び出されたばかりだったが、「こんな時間に大変申し訳ない。緊急に申し上げたいことがあります」と丁重だった。丹羽大使は12日午前零時から45分間にわたり戴氏との会見に臨んだ。

 「誤った情勢判断をせず、賢明な政治決断をして、直ちに中国人の漁民と漁船を送還してほしい」――。戴氏は強く求めた。

 「賢明な政治判断」とは、「国内法に基づき粛々と」という日本政府の公式見解を覆し、政治が司法に圧力を掛けるよう菅直人首相をはじめ民主党政権に伝えてほしいという意味を込めたものだった。

伏線があった丹羽大使の“呼び出し”

 実はこの呼び出しには伏線があった。中国政府で対日政策に関わる幹部が明かす。

 「丹羽大使を呼ぶ直前、戴秉国国務委員は岡田克也外相(当時)に電話したが、出なかった。だから夜中に大使を呼びだした」

 5月末に来日した温家宝首相と鳩山由紀夫首相(当時)の間で合意した日中間の「ホットライン」は首相間ばかりか、外相レベルでも機能しなかった。本来は危機を解決するために構築されるべき信頼醸成メカニズムは危機に直面して何の役にも立たないことが露呈したのだ。

 主権・領土問題で自国の論理を押し通そうと、対抗措置を次々と繰り出す中国の高圧的外交もさることながら、民主党政権は自らの情報・分析不足のため、強硬姿勢に出ざるを得ない中国の真意を読み切れず、早期決着の機会を逃したことが、取り返しのつかないレベルまで危機を高める原因となった。

民主党の甘い見通し 宣伝戦略で敗北

 筆者は、民主党・日本政府の危機意識不足の現れとして次の3点を挙げたい。

(1)衝突事件翌日の9月8日、日本の外務報道官は「今回の事案が日中関係に悪影響を与えることはないと考えている」との見通しを公に語っている。

(2)日本政府が7日に行った最初の抗議が、外務省アジア大洋州局審議官が在日中国大使館公使参事官に対して行う低いレベルであった。

(3)中国の丹羽大使らに対する抗議は、中国外務省ウェブサイトでの発表が日本大使館の広報より断然早く、日本のメディアも中国側発表を基に中国側の主張を中心に記事化するなど、宣伝戦略で日本は敗北した。

 いずれも、こうした見通しの甘さや危機感のない対応は、中国側に付け込まれる隙を与えたわけだが、日本政府内や専門家の間では、胡錦濤政権が「5年前の靖国問題時に比べてなぜここまで強硬になったのか」「5年間で中国の対外政策の何が変わったのか」をめぐって尽きぬ議論が続いている。

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