2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2010年10月12日

  経済的な側面から見ると、リーマンショックの影響も大きかっただろうと思います。リーマンショック以降、深いダメージを受けた多くの先進国は、中国に頼らざるを得ない状況に追い込まれました。リーマンショック後に2度行われたサミットでも先進国は中国批判を避けました。そういう経験から、もっと強気に出ても大丈夫だという学習を、中国が積み重ねていったと考えられます。なお、この読みは今回のノーベル平和賞批判にもあてはまるかもしれません。

 また、昨年は中国の空軍・海軍にとって60周年という節目の年でもあり、外国の軍人を招いて大々的な閲兵式が行われました。これをきっかけに、軍部の中ではとくに若い世代を中心に自信を深めてきていると聞いたことがあります。ただ、人民解放軍の中にもいろいろな意見があり、軍人がみな好戦的とは限らないようです。艦艇をきちんと動かすには、カーナビと同じように、位置情報を正確に捉える人工衛星ネットワークが不可欠ですが、それは2020年ごろにならなければ完成しません。ですから、海軍の指導者は実際にはかなり慎重でしょう。中国のネットでは海軍を叱咤激励する意見も出たくらいです。

──南シナ海を巡り、中国はどのようなやり方で実行支配を強めているのでしょうか?

浅野教授:中国には「三戦」という考え方があります。これは文字通り3つの戦い方をあらわす言葉で、「世論戦」、「心理戦」、「法律戦」の3つを組み合わせることで、軍事力を行使せずにソフトな戦いを展開しようというものです。2003年12月に改定された人民解放軍の「軍政治工作条例」では、この三戦を展開していくことが明記されました。

 たとえば、南シナ海で領有権争いをしている「島」に人民解放軍を送り込むのも、「世論戦」のひとつと見ることができます。人間が住む環境としては条件が厳しいところに部隊を配置するのですが、水、食糧、兵器や装備の補給が難しく、基地としての機能を十分に果たしているわけではないと言われています。ただ、そこに人民解放軍がいるという既成事実をつくり、国際社会や国内世論に向けて領有権をアピールしていくのです。

 「心理戦」は、言うことを聞かない相手に対して、緊張を過度に高めない程度の圧力をかけて、揺さぶりをかける方法です。たとえば、先日、ベトナムの漁船を中国が拿捕したという報道(*2)がありましたが、これも中国による心理戦と見ることができます。なぜなら、10月12日にハノイで行われるASEAN+8(拡大国防相会議)は、ベトナムの努力によって実現に漕ぎ着けたものです。領有権問題で多国間交渉を嫌う中国が、ASEAN+8の開催を目前に、ベトナムに対して揺さぶりをかけていると見るのが自然かと思います。

*2:10月5日、国営ベトナム通信は、9月11日に南シナ海のパラセル諸島周辺でベトナムの漁船が中国当局に拿捕され、漁師9名が拘束された事件があり、ベトナム外務省は中国側に無条件解放を要求したと報じた。

 

 心理戦を進めるうえで肝心なことは、相手の心理にほんの少し圧力を加えることを繰り返し、なるべく目立たないようにちょっとだけ前に進むことです。過度な圧力を一気にかけると、相手は瞬時に警戒を強めてしまいますが、小さな圧力であれば、警戒を強めるタイミングを失うので、気づいたときにはもう手遅れという事態が起こります。

 尖閣諸島沖での漁船衝突は断面的に見れば突発的な現象ですが、もし仮に、このような事件が今後繰り返されていくとしたら、どうでしょう。日本側の感覚も少しずつ麻痺していくのではないでしょうか。そして、いつの間にか中国に尖閣諸島の実効支配を奪われているという事態が、起こらないとも限りません。そうやって相手の基本線を少しずつ後退させていくやり方は、「戦わずして勝つ」孫子の伝統を重んじる中国ならではの伝統的な手法です。軍事力を使って戦わないのですから、その意味では平和的なのかもしれません。

⇒次ページ 日本が取るべき対抗措置とは?


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