2024年12月22日(日)

Wedge REPORT

2010年10月12日

 友好と強硬の二つの顔を使い分けながら実効支配を進めるのは、中国の常套手段だ。私たちは、その先例を南シナ海に見ることができる。東南アジア諸国との領有権問題がくすぶっている南シナ海について、2010年になって中国は、それまでの友好姿勢から一転し、「核心的利益」という表現を用いて、自国にとって譲れない海域との意思を顕わにした。

  じつは、中国は友好姿勢を示している間にも、自国の漁船保護を名目に漁業監視船を同海域に派遣するなど実効支配を強めてきていた。その上での意思表示であり、これは周到な戦略に基づいたものであることが明らかである。

  中国は今、東シナ海のガス田開発では日本に「対話による解決」を表明しながら、文字通り水面下で資源を吸い取っている。今回の漁船衝突事件では、日本による船長の釈放によって外交姿勢は穏やかなものへと変わったが、尖閣近海での漁業監視船の常駐パトロールを宣言し、既に周辺海域で2隻が活動を開始している。

  南シナ海の歴史は東シナ海でも繰り返されるのか。日本はいかなる対抗措置を講じるべきか。長年、中国を軍事と政治の両面から研究し続けてきた同志社大学法学部の浅野亮教授は、「危機の時こそ、大局観をもって対処に臨むことが重要」と語る。(編集部)


──まず始めに、最近の尖閣諸島を巡る日中の対立を、先生がどのように見ているかお聞かせください。

浅野亮教授(以下、浅野教授):中国の行動や態度が日本を強く刺激したことは事実です。否定できる人はまずいません。しかし中国を一方的に批判するだけでは、事態の打開もむずかしいでしょう。こういう危ない時こそ、わかりきっていると思う現状をもう一度見直すことが必要、特に広い視野で捉え直すべき、と聞いたことがあります。尖閣諸島をめぐる問題は、もっと広い視野で見るということです。

 見逃してならないのは、中国は、これまでできないと思っていたことが、国力が増大してくるとできるようになる、つまり今までは外国からの圧力に屈してきたが、これからは押し切ることができると考えるようになった、しかし実際の力はそれに見合っていないのでイライラ感、すなわちフラストレーションが逆に前よりも高まったことです。これは、青山学院大学の高木誠一郎教授が指摘したことで、研究者の間ではほぼコンセンサスになっているといってよいでしょう。

 ここでのポイントは、日本から見ればどう見ても中国の態度は高圧的で不当ですが、逆に中国からしても、自分たちは奪われたもの、特に国際的な威信を取り戻そうとしているだけで、日本のほうが高圧的で不当だと見ていることを頭に入れておくことです。これが日中関係の現状であり、中国と多くの国々との関係でもいえることです。今回、中国が高圧的になったと多くの国々が懸念を持ったため、ヨーロッパを訪れた温家宝首相は、ヨーロッパ経済への中国の貢献を強調する一方、ドイツなどと二国間の関係を進め、ヨーロッパの足並みを乱すようなこともして、対中批判がこれ以上強くならないように努めました。しかし、劉暁波氏のノーベル平和賞受賞に中国が圧力をかけて抗議したことで、結局、中国のイメージ改善はうまくいかなかったのです。

──90年代半ばまで、中国は南シナ海の領有権を巡ってベトナムやフィリピンと激しく衝突していました。しかし、その後は海洋資源の共同開発を提案するなど、経済発展を重視した友好姿勢を前面に打ち出してきていたはずです。それが2010年に入り一転、再び強硬な顔を見せ始めた背景にはいったい何があるのでしょうか?

浅野教授:たしかに、東南アジア諸国とは、2000年代の初めごろ協力的な姿勢が見えました。しかし、それ以後、中国の姿勢は大きく変わっています。たとえば、2002年に中国と東南アジア諸国の間で合意した「南シナ海行動宣言」は、南シナ海問題の平和的な解決を図るものとして日本でも高く評価されましたが、実際にはそれ以降、中国は二国間の交渉に力点を移して(*1)、妥協する姿勢は見せないようになったといわれています。そこで東南アジア諸国はお互いの協力を進めることとしました。そればかりでなく、1980年代後半に中国と海上で武力衝突を経験したベトナムは、ベトナム戦争で敵同士だったアメリカとの関係を強めることさえしたのです。両国の接近は2009年にはっきりしましたが、これには中国も怒りました。南シナ海をめぐる情勢は、2010年になってから突然変わったのではなく、このような伏線があったのです。

*1:「南シナ海行動宣言」は、中国と東南アジア関係諸国との間で署名したものだが、その後中国は、圧倒的な国力差を踏まえて、「一対多」ではなく「一対一」による交渉での状況打開を図った。


 

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