また、3つ目の「法律戦」は、国際法を中国に有利な解釈で広めるやり方ですが、特に中国は海洋法をよく研究しています。たとえば、CLCS(大陸棚限界委員会)は、国連海洋法条約の条文をもとに活動し、関係国間を調整しようとしていますが、中国のタフな交渉ぶりは有名です。日本ではどうしても領海やEEZ(排他的経済水域)をめぐる海図や地図だけに目が行きがちですが、じつは法律面でも厳しいやり取りが続いているのです。
さらに、すでに報道されているように、中国は海洋法が規定するEEZについて、日本とベトナムに対して、それぞれ違う原則を用いて主張しています。日本に対しては大陸棚延伸論を主張して、日本側の主張する中間線を否定していますが、一方でベトナムに対しては、大陸棚延伸論を否定して中間線を主張しています。中国は国際法上の一貫性よりも、中国の実利を優先する解釈を行っていると言われても否定はしにくいでしょう。
ですから、南シナ海での中国のやり方が、東シナ海や尖閣諸島など、日本に対しても用いられると考えてよいのではないでしょうか。中国からみてこれらは一つの問題なので、あまりに違うアプローチは採りにくいと考えられます。
──そうやって、中国が少しずつ実効支配を固めていく動きに対して、日本はこれからどのような対抗措置を講じるべきでしょうか?
浅野教授:多くの人々が言うように、先が不透明なときには、日米同盟を維持し強化するのは当然として、さらに日本と同じように、中国に脅威を感じている国々と緩やかな連携を図っていくことが当面有効だと思います。これは日米同盟に替わるものではなく補うものですが、中国にはそれほど強い措置には見えないでしょう。あまりに強い刺激を与えれば、中国国内の強硬論が台頭してしまいますから、緩やかな圧力をかけて牽制していくのが賢明です。
たとえば、今年5月19日に、日本はオーストラリアとの間で、「日豪・物品役務相互提供協定」(*3)に署名しました。このような連携で、日本が孤立した存在でないことを中国に対してほどよくアピールしていくのです。もちろん、一方で、オーストラリアは9月24日、黄海で中国との合同軍事演習を行っています。かつての冷戦時代のような極端な対立構造が今はありませんから、このように双方が緩やかに牽制しあうことによって、安定が保たれていくのだと思います。同じように、中国と協力を進めながら警戒もするインドや、宇宙開発分野でやはり協力するだけでなくライバル関係にあるブラジルなどにも、日本は積極的に連携を持ちかけていくべきかと思います。
ただし、このような緩やかな連携にはひとつ欠点があります。インド、オーストラリア、さらに韓国など、連携国のプレゼンスが高まるので、国際社会における日本のプレゼンスが相対的に低下することが懸念されます。ひとつの大きな問題を解決しようと思ったら、それなりの代償を支払うことになるので仕方がないのですが、予想しない副作用が出るかもしれません。たとえば、将来中国との武力衝突が実際に起こるとすれば、日中ではなく、それ以外のところで起こり、日本が巻き込まれる、または味方だと思っていたらもっと相手側に傾斜した、などです。そのリスクは完全には解消しようがありません。たぶん、お互いさまです。
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