2025年5月23日(金)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2025年4月25日

 「愛している」――2017年に34歳で亡くなった小林麻央さんは、そう夫である歌舞伎俳優の市川海老蔵に言い残したという。永遠の別れの前に、最愛の家族に美しい言葉を遺し、感謝の気持ちを伝えて、旅立つ。それは、日本人の心にある永遠の別れの理想像を体現したと言える。

夫である市川海老蔵へ最期の言葉を送っていた小林麻央( Sports Nippon / gettyimages)

 和泉式部の「あらざらむ この世のほかの思ひ出に 今ひとたびの あふこともがな」、西行の「願はくは花のもとにて春死なむその如月の望月のころ」など、多くの文人たちが、実に美しい辞世の言葉を遺した。

 麻央さんもまた、日本人の美意識の伝統を継いでいる。彼女の言葉はシンプルではあるが、短くも麗しく咲いた人生の総括を表現していて、多くの人の記憶に長く留められることであろう。

人生の最期は死で終わる

 精神科医の役割は、寿命をスポーツの記録更新のように延ばすことではない。むしろ、クオリティ・オブ・ライフを少しでも良くすることである。

 後期高齢者を診ていると、抑うつ、不安、不眠、疼痛といった症状をどう緩和するかという課題とともに、家族との別れをどのように支援するかということは、意識する。

 2024年7月時点で、日本人の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.14歳とされる。これは「0歳児が平均して何歳まで生きるか」を示す指標なので、75歳の人の場合、この数字は適用できない。

 75歳の後期高齢者とは、若死にせず、すでに75年生きた健康エリート集団であり、平均寿命より長く生きる。厚生労働省の「令和5年簡易生命表」によれば、75歳時点の平均余命は、男性は12.13年、女性は15.74 年とされる。

 人生の最期は死で終わる。この事実は自明だが、誰も向き合いたくない。しかし、医師は冷厳な事実を伝えることも務めである。

 筆者としては、一般論としての平均寿命、平均余命の話から入る。目の前に75歳の人がいれば、「平均的に考えて、人生は、あと10年から20年」といった話をする。「人生の締め切りは遠くない。今、できることをしましょう」と率直に話す。


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