映画「鹿の国」はこちらをじっと見つめる鹿の瞳が長く心にとどまる作品だ。中世の儀式を再現した少年たちの映像も美しいのだが、どういうわけか、見終わって劇場を出ると、鹿とともに森をさまよい歩いたような爽快さ、残り香を感じる(以下、敬称略)。
神事から鹿へ
監督、弘理子に話を聞くと、彼女自身、4年越しの撮影の中で、鹿へのこだわりが段々と強まっていったそうだ。
「最初は(長野県の)諏訪に伝わる(幾つもの)神事をただ撮っていて、個々に面白いものもあるんですけど、それをひたすら並べても作品にはならないと思ったんです。やっていることは供物を捧げて祝詞をあげてと、そんなに変わらなく見えたんですね」

弘理子(ひろ・りこ)映像制作会社「ヴィジュアルフォークロア」所属
23歳でネパールに渡航。ヒマラヤと日本を舞台に、主に自然と祈りをテーマにドキュメンタリーを制作。主な作品に「デヴォギ・神に捧げられた女たち」「少年と子ヤギの大冒険・ヒマラヤ越え300日塩の道」。NHK番組「ワイルドライフ」「カラーズ・オブ・アジア」「にっぽん百名山」シリーズも手がける。(筆者撮影)
23歳でネパールに渡航。ヒマラヤと日本を舞台に、主に自然と祈りをテーマにドキュメンタリーを制作。主な作品に「デヴォギ・神に捧げられた女たち」「少年と子ヤギの大冒険・ヒマラヤ越え300日塩の道」。NHK番組「ワイルドライフ」「カラーズ・オブ・アジア」「にっぽん百名山」シリーズも手がける。(筆者撮影)
それに、現代的なものがいろいろと映り込み、「神様」「見えないもの」の気配を薄めてしまう印象もある。
「初めのころは『諏訪信仰、精霊・神・仏』みたいな、固いタイトルで、やっていてもワクワクしないんです。やっぱり神事で、生首が神前に捧げられる鹿って何だろうって思うようになってきて」
撮影後半の2年は、8人もの撮影スタッフに、弘が過去に野生動物や山岳撮影でタッグを組んだカメラマン、毛利立夫を誘い、獣道をたどって鹿を探すようになる。