若者に口コミでも広がる
正月に東京と長野で封切られた「鹿の国」は異例とも言えるヒットを続けている。上映館は全国45館に広がり、4月3日時点で観客は2万5000人を超え、パンフレットに当たる公式ガイドブックは1万部近く出ている。なぜ、こんなにウケたのか。
「私も戸惑っているくらいです。主にドキュメンタリー系の映画館で上映されていますが、館の人たちによると、民俗学を勉強しているシニアや学者、リベラル系の人など従来の客層に加え、特に若い人が口コミで大勢きてくれているんです。各地を回って観てくれた人たちに聞いているんですが、これはっていう答えはないんです」
筆者は昨年来のアフリカ滞在から戻った直後の3月末に観たせいか、鹿ばかりでなく、諏訪の人々の表情、佇まいに引きこまれ「ああ、日本人はいいなあ」と素直に感じた。
桜の古木の前で祈り、ささやかな宴を始める年配者たち。儀式のために鹿の肉を神社に納め、猟の季節になれば古くから伝わるお札「鹿食免(かじきめん)」を受け取り、大事に持ち帰る猟師。初めて稲作を試みる男性と、それを見守る農家の年配女性。
彼らのゆったりとした表情、上機嫌なムードの底に、見えない何か、神様に対する寄り添うような親しみが流れているように思えるのだ。
「春になれば芽吹いて、茎が出て花が咲いて実がついて、それが落ちて。そして次の年も繰り返される。それをいまの私たちは自然科学、生態系で説明できますが、それを知らなかった時代には、ものすごく不思議なことだったと思うんです。死んだはずなのに、毎年大地から同じ緑のものが出てくる。そこにはそれを動かす何かがいるに違いないと。(映画の中で)少年たちが鈴を鳴らすと『見えない何か』が降りてくる。そんな信仰が生まれたのは自然なこと、という気がするんです」