物心ついたときから父はいない。それはどういうことなのか。経験した者でなければわからない。その人が40歳になって初めて父を探しだす。生きているのか、死んだのかもわからない。そして、もし生きていたら、その人はどんなふうに父に会うのか。会ったとき、どんな感情が彼を襲うのか。
映画「パドレ・プロジェクト 父の影を追って」(2023年、日本、80分)はそんな問い、いわば「人間の謎」を抱かせ、見る者をひき込んでいく。
自分は「普通の日本人」とは違う
主人公は武内剛。芸名「ぶらっくさむらい」の芸人である。「売れないまま40歳を迎えた」「どうしてもやっておかないといけないことがあった。生き別れた父親に会うことだった」。そして、「芸能人生の一区切りとして」父親探しを映画化するクラウドファンディング」を立ち上げる。(「」内は映画からの引用、筆者略、以下同)
武内が監督、プロデューサー、出演をこなすドキュメンタリーは彼の語りをバックに、幼少期からの映像でその半生を映し出す。
くりっとした目が愛らしい色黒の武内は、彼らが言う「純ジャパ」、いわゆる日本人の両親の下に生まれた「普通の日本人」とは違う。まだ見ぬ父は中西部のアフリカ、カメルーン生まれで母は日本人だ。
高校の友人が初めて武内を目にしたときの印象をこう語る。入学式のあと、校内を歩いていた友人は武内を見て驚き、「おかん、いま黒人おったろ」と、わざわざ見に行ったという。笑顔でいる武内を目に友人はこんな感慨を抱いた。「間違いなく俺らにないものを乗り越えたから、笑顔でそこにおれたんだろうね」
武内は物心ついたころから、自分は周りの子と違うという思いにかられてきた。「世界で一番尊敬している人」と武内が言う母は1977年、イタリア中部ウンブリア州の小都市ペルージャの外国人大学に留学し、父フランシスと出会う。母は32歳、父は23歳だった。
父はその2年前、21歳のときにカメルーンからイタリアに渡り、映画監督を目指していた。
二人は結ばれ、母は35歳のときに日本に帰り武内を生む。「人生で唯一愛した男性が僕の父だった」。まだインターネットの普及していない時代、手紙でやりとりしていた両親は次第に「気持ちのすれ違いで疎遠になり関係は途絶えた」。