2026年2月17日(火)

山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2026年2月17日

 ステージ4は「一度の手術」では終わらなかった。ステージ4という診断は、単なる医学用語ではない。それは私の人生に突きつけられた「長期戦」の戦況報告であった。私の闘いは、一度の大手術で終わらなかった。実態は、4回の手術を連続してくぐり抜ける長期作戦である。

 第1回:大腸がん切除(約20センチ)+肝臓転移腫瘍9カ所切除(同時手術)。12時間に及ぶ大手術。腫瘍を「取り切る」ための根治志向の外科であり、単なる延命ではない。

 だが、ここで終わらなかった。

 第2回:術後合併症への緊急対応――膿瘍・縫合不全に対するドレーン手術。体内に感染性の膿瘍が生じ、縫合不全が疑われた。命を守るための追加手術である。目立たないが、闘病の分水嶺だった。膿瘍が癒えるまで、57日の「時くすり」が必要だった。主治医からは人工肛門の提案もあったが、私はQOLを重んじ、時間を味方にする道を選んだ。

 このとき悟った。がん闘病は腫瘍との戦いであると同時に、体そのものとの交渉なのだ。

 第3回:左肺転移腫瘍切除。抗がん剤(XEROX療法)で腫瘍を縮小させ、胸腔鏡下で安全に切除。呼吸機能を温存する精密外科だった。

 そして今、第4回:右肺転移腫瘍手術(3月予定)が迫る。

 整理すれば――、大腸手術+肝臓手術+ドレーン手術+左肺手術+右肺手術=計5種類の手術。

 この事実が、私を単なる患者ではなく、山師のガンファイターにした。

〈医師コメント:消化器外科〉

多発肝転移の同時切除は高難度で、術後合併症は一定確率で起こる。本症例は早期診断とドレナージにより重症化を防げ、患者がQOLを踏まえて治療方針を選択した点は、現代医療における共有意思決定の好例である。

(Boris Zhitkov/gettyimages)

XEROX療法が道を開いた「切除可能化」

 5種類の手術は、抗がん剤なしには成立しなかった。私が受けたのはXEROX療法(カペシタビン+オキサリプラチン+ベバシズマブ)。転移大腸がんの一次治療として国際的エビデンスを持つ標準治療である。

 目的は2つ。腫瘍増殖の抑制と、血管新生の遮断。結果、腫瘍は飛躍的に縮小し、外科切除が可能になった。医学はこれを「conversion surgery(切除可能化手術)」と呼ぶ。

 私は理解した。「抗がん剤は敵ではなく、外科への架け橋だ」と。

〈医師コメント:腫瘍内科〉

 本症例はXEROXの高い奏効を示す典型例であり、腫瘍縮小が外科的根治を可能にした点が決定的である。

12時間の大手術と、見えにくい第2の戦い

 最初の12時間手術は苛烈だった。大腸20センチ、肝臓9カ所。家族の不安が時計の針とともに積み重なった。

 だが真の峠は術後だった。膿瘍形成と縫合不全が疑われ、「緊急ドレーン手術(第2回)」が行われた。これはがんを切る手術ではなく、命と生活の質を守る手術である。

 ここで私は知った。闘病は腫瘍だけでなく、合併症との戦いでもあると。

〈医師コメント:周術期管理〉

大腸+肝同時切除後の合併症は重篤化し得るが、迅速な対応により救命できた点は極めて重要である。

左肺切除――3度目の勝利

 抗がん剤継続後、「左肺転移腫瘍切除(第3回)」が胸腔鏡下で行われた。侵襲は最小化され、回復は速かった。

 目覚めた私はApple Watchを見た。心拍は落ち着き、SpO₂は上向き。データは「まだ戦える」と告げていた。

〈医師コメント:呼吸器外科〉

胸腔鏡手術は肺機能温存に優れ、本症例は右肺手術に耐え得る状態を保っている。

なぜ伊豆高原の断食道場か――第4の戦線

 2度の開腹、1度の胸部手術、そしてドレーン。体は満身創痍だった。私は伊豆高原のヒポクラティックサナトリウムを選んだ。

 理由は3つ。

 第1に環境。海と山の静寂が自律神経を整えた。

 第2に食事の再設計。抗がん剤後の腸を休ませ、免疫を立て直す。

 第3に睡眠。深睡眠は免疫を活性化する。私はApple Watchで連続性と心拍変動を確認した。

 完全断食は選ばなかった。半断食4日間が、高齢の体には最適だった。

〈医師コメント:予防医学〉

短期半断食は炎症軽減と自律神経調整に寄与する可能性があり、本症例の選択は合理的である。


新着記事

»もっと見る