今年の正月が明けて間もない1月22日、私は再び病院のベッドに戻ってきた。大腸がんから肺への転移。その手術のためである。もっとも、今回はわずか5日間の入院で済んだ。左肺の転移腫瘍は1カ所のみ。名医の手際は見事で、傷口の治りも申し分ない。
思えば、昨年9月の入院はまったく様相が違っていた。残暑の最中に行われた大腸がんと肝臓転移の同時手術。11時間を超える大手術で、大腸は20センチ切除、肝臓は転移腫瘍を9カ所も切除した。
術後10日で退院、のはずが甘かった。
しかし、大腸癒着が原因で食事は全面停止、点滴生活が続き、10月末まで私は“栄養は管から”という人間になった。体重はみるみる落ち、季節は残暑から秋へ、そして晩秋へと移ろっていった。
11月に入ってドレーンが外れ、ようやく食事が再開されると、回復は一気だった。結局、入院生活は57日間。晩秋の11月中旬、ようやく娑婆に戻ることができた。
退院したと思ったら、また切符が切られる
しかし世の中は甘くない。退院からわずか1カ月後、今度は肺転移の手術が決まった。ステージ4だから仕方ないか? でも少しはゆっくりさせて欲しいけどね。
正月は家族と一緒に京都で迎えられた。だが、季節はすっかり冬。入院前の京都は雪景色を見ることができたのが、ささやかなご褒美だったのかもしれない。
そして1月22日、再入院。「また来ました」と看護師に挨拶する自分に、思わず苦笑いがこぼれた。しかし今回は短期決戦。5日後には娑婆の空気を吸っていた。
「よく体力が持つな」と言われるが
見舞いに来てくれる友人たちは、決まってこう言う。
「いやあ、良く体力が持つなあ」
あるいは、「お前は不死身か?」
「どうしてそんなにしぶとく生きられるんだ?」
正直に言えば、特別な秘訣があるわけではない。高価なサプリも、怪しげな健康法もやっていない。ただ一つ、はっきり言えることがある。簡単にあの世へ逝く人と、しぶとく生き抜く人の違いは、体力“だけ”ではない。
しぶとい人間の共通点
生き抜く人間には、いくつかの共通点がある。
「まだやることがある」と強く思っている。
「まだ見たい景色がある」と思っている。
そして何より、今日をやり過ごす理由を、毎日ひとつ以上持っている。孤独を敵にせず、むしろ味方にして楽しむ。愚痴をこぼす代わりに、淡々と状況を受け入れる。堪え性という名の防具を、知らぬ間に身につけている。気力は、体力を引っ張る。
好奇心は、回復力になる。諦めない姿勢は、細胞よりもしぶとい。商社マンとして世界を回り、修羅場をくぐってきた経験が、思わぬところで役に立った。
生き甲斐は、意外と単純だ
一方で、家族の存在は何より大きい。私はただ、9人の孫たちの成長を見たいだけだ。もう少し世界を歩きたい。訪問国は116カ国。できれば今から150か国まで伸ばしたい。
そして、書き残したい言葉がある。若い人に、伝えておきたいことがまだいっぱい残っている。理由は壮大でも崇高でもない。むしろ、拍子抜けするほど単純で個人的だ。
「なるようにしかならん」の効能
だから私は、今日も腹を括る。「なるようにしかならん」と。一休さんの影響かもしれない。これは投げやりではない。現実を受け入れた上で、前を向くための呪文だ。無理に楽観しない。だが悲観にも溺れない。それだけで、人はずいぶん長く歩ける。
