2026年3月10日(火)

World Energy Watch

2026年3月9日

 1973年秋に第一次オイルショックが起きた。オイルショック前に生まれた人が日本の人口の約半分なので、オイルショックの記憶がある読者は、さらに少ないだろう。

 それまで世界の石油生産の主導権を取っていたセブンシスターズと呼ばれた、エクソン、シェルなどオイルメジャー7社から、中東の産油国に主導権が移った結果、石油の価格は約4倍になり大きな物価上昇を引き起こした。

(umutkacar/gettyimages)

 当時、日本の一次エネルギー供給の4分の3以上は安価で利用が容易な石油だった。国内で産出される天然ガス、石炭の利用もあった米国は例外だったが、西欧州諸国も石油に大きく依存していた。

 オイルショックを経験した世界の主要国は、エネルギー源の多様化を進め、液化天然ガス(LNG)、輸入石炭、原子力の活用を本格化させた。それでも石油の消費量は伸び続け、今も世界のエネルギー消費量の32%は石油だ(図-1)。

 1973年に石油輸出国機構(OPEC)は世界の石油生産の51%のシェアを持ち、中東諸国は、サウジアラビアの13%を筆頭に37%のシェアを持っていた。24年のOPECのシェアは、34%だが、中東諸国のシェアはあまり落ちず、31%を維持している(図-2)。

 米国が世界シェアの25%を持つ天然ガス生産量では、中東諸国のシェアは18%に留まっている(図-3)

 中東の原油とLNGに依存している国は、中国、インド、日本、韓国とアジアに多く、ホルムズ危機は、直接関係のない石炭価格も上昇させ電気・ガス料金を筆頭に多くの物価を引き上げる。

50年間で変貌した中東

 イランは紛争のたびにチョークポイント(水運の要衝)として知られるホルムズ海峡を封鎖すると脅していた(中東紛争で原油とLNG供給、ガソリン価格はどうなる  Wedge ONLINE) 。

 今回のイスラエル・米国による攻撃に対しイラン革命防衛隊は周辺国の米軍基地、エネルギーインフラを攻撃し、ホルムズ海峡を事実上封鎖したと発表した。ホルムズ海峡近くの船舶も攻撃している。

 3月6日までにイラン政府関係者などがホルムズ海峡は引き続き開放されていると述べたと2度にわたり報道されたが、3月7日にイラン革命防衛隊はタンカーへの攻撃を発表しており、通行可能か不透明な状況が続いている。

 封鎖の影響はエネルギーの供給だけに留まらないほど、中東は50年前とは姿を変えた。ホルムズ海峡封鎖の影響は、どこまで広がるのだろうか。

 ドバイは高層ビルが立ち並び世界の富裕層が集まる都市になったし、なにより国際線の乗降客数が世界一になるまで発展した。ホルムズ危機により中東の航空機の発着が制限され長期化すると世界は大きな混乱に陥る。

 石油収入によるインフラ開発と精油設備により、原油とLNGに加えエネルギーから生産される付加価値が高い製品の輸出も可能になった。

 日本は、原油から生産される化学原料のナフサを中東から輸入している。さらに天然ガスから生産されるポリマー、エタノールなども輸入している。

 海外ではホルムズ危機によりナフサの入手ができなくなったインドネシアの石油化学大手企業が、製品の引き渡しができなくなったと不可抗力条項を宣言した。これから日本の化学業界にも影響が生じる可能性がある。

 石油、LNGのサプライチェーンの危機は化石燃料に依存しない再生可能エネルギー(再エネ)の事業者には有利に働くはずだが、再エネ関連の株価は世界的な株価下落に巻き込まれ値を下げた。なぜだろうか。


新着記事

»もっと見る