AI、EV、ロボット、風力発電――。現代文明は「電動化」の時代へ突入した。しかし、その文明の心臓部を動かしている存在を知る人は意外に少ない。
ネオジム磁石である。
1982年、日本人研究者である佐川眞人博士が発明したNdFeB磁石(ネオジム磁石)は、人類のエネルギー効率を根本から変えた歴史的発明だった。
私は京都におられた佐川博士を以前から存じ上げていた。物静かで誠実、いかにも研究者らしい方だった。しかし、その穏やかな人柄とは対照的に、博士の発明は世界の産業構造そのものを変えてしまったのである。
史上最強磁石が変えた世界
ネオジム(Nd)、鉄(Fe)、ホウ素(B)を主成分とするNdFeB磁石は、それまでの磁石の常識を覆した。
従来のフェライト磁石は安価だが磁力が弱い。アルニコ磁石は耐熱性に優れていたが高価であり、サマリウムコバルト磁石は高性能だったもののコバルト価格に左右された。
そこへ現れたNdFeB磁石は、圧倒的な磁力を持っていた。磁石が強くなると何が起きるか。
- モーターが小型化する
- 軽量化する
- 消費電力が減る
- 発熱が減る
- 回転効率が向上する
つまり、人類は初めて「省エネ型モーター文明」を手に入れたのである。現在のEVやハイブリッド車、ドローン、ロボット、風力発電、MRI、半導体製造装置の高性能化は、この磁石なしには成立しない。
世間ではEV革命と言えば、自動車メーカーばかり注目される。しかし、本当の革命はモーター内部で静かに回転していた。
EV革命の本質は“重希土争奪戦”だった
だが、ネオジム磁石には弱点があった。高温に弱いのである。EVモーターは高温環境で使用されるため、通常のネオジム磁石では磁力が低下する。そこで必要になったのが、Dy(ジスプロシウム)やTb(テルビウム)といった重希土類だった。
これらを加えることで、高温でも磁力を維持できる「耐熱磁石」が完成する。つまり、EV革命とは単なる自動車革命ではない。Dy、Tbを巡る“静かな資源戦争”でもあったのである。
しかも、この重希土類は中国依存度が極めて高い。世界はEV時代を夢見た。しかし、その足元では「レアアース工程を誰が握るのか」という現実的な覇権争いが進んでいた。
中国が支配したのは“鉱山”ではなく“工程”だった
中国の強さは、単にレアアース鉱山を持っていたことではない。
- 分離精製
- 金属化
- 合金化
- 磁石化
つまり“中流工程”全体を国家規模で支配したことにある。西側諸国が環境規制や採算悪化で撤退する中、中国は国家補助金を投入し、巨大な供給能力を築き上げた。
特に重希土類の分離精製は環境負荷が極めて大きい。西側企業が敬遠したその工程を、中国は国家戦略として引き受けたのである。
結果として、世界のEVメーカーやモーターメーカーは、中国の供給網無しでは成立しにくい構造へ組み込まれていった。
レアアース問題の本質は「鉱山」ではない。“工程支配”なのである。
