2026年8月9日(日)

日本人が知っておきたい安全保障レッスン

2026年8月9日

 筆者は、防衛官僚として13年間防衛省で勤務し、今年の4月に退職した。この連載では、安全保障に関する基本的な知識や考え方(フレームワーク)をお伝えするとともに、実際の日本政府の政策を取り上げてその背景や含意について解説している。

 第1講となる今回は、【戦争は軍隊によって遂行されるのに、「平和のために軍隊を持つ」というのは矛盾なのでは?】という素朴な疑問について、フラットな視点で論じていく。

【第1講のテーマ】
戦争は軍隊によって遂行されるのに、「平和のための軍隊を持つ」というのは矛盾では?

これまでの記事
イントロダクション:<私が防衛省を辞めた理由> いま、日本の「安全保障」の議論に欠けていること

「平和」と「軍隊」との関係

 「平和を、仕事にする」。これは自衛隊がリクルートで用いているフレーズだ。自衛隊の任務は法律上「自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛すること」とされている(自衛隊法第3条)。つまり、軍隊である自衛隊は「平和」を守ることを自らの任務だと定義づけている。一方で、素朴な感覚として、「戦争は軍隊によって遂行されるので、平和のためには軍隊を持たない非武装を目指すべきだ」という心情も認められる。そこまででなくとも、「本来的には軍隊はない方が良いが、国際情勢が厳しいので〝必要悪として〟軍隊の存在を認める」という意見も多いのではないだろうか。

 「平和」と「軍隊」との関係は安全保障のアルファにしてオメガである。正解は一つではないが、本稿では両者の関係、そしてその前提として「戦争」とは何かについて説明したい。

戦争には紛争解決という目的がある

 人が社会で生きていく上では「揉め事」はどうしても起こってしまう。国際社会における国同士も同じであり、この揉め事を「紛争」と言う。紛争を解決するためには、話し合いで解決できる場合もあれば、力づくで解決される場合もある。

 後者の「武力による紛争解決」をここでは戦争と呼ぶことにしよう。ポイントは戦争はそれ自体が目的ではなく、別に達成したい政治目標(自己に有利な形での紛争解決)があるということである。『戦争論』を著したカール・フォン・クラウゼヴィッツによれば「戦争」とは「他の手段をもってする政治の延長」であり、「物理的な力を行使して我が方の意思を相手に強要」することである。

『戦争論』カール・フォン・クラウゼヴィッツ著(https://amzn.asia/d/09S8zhGq

 かつては、紛争解決のために戦争に訴えることは各国の権利だとされ(無差別戦争観)、個人間での決闘のように国同士が同意の下で戦争を行うこともあったが、戦争が違法化された現代では両者が同意してから始まる戦争はほとんど想定されない。単純化すれば、戦争とは一方が「武力による紛争解決」を志向するために開始され、もう一方がそれを望まない状況で発生すると言えよう。戦争には「仕掛ける側」と「仕掛けられる側」がいるということである。

 「戦争反対。軍隊は廃止を」というスローガンは、自国が戦争を仕掛ける側にならないためには有効だろう。だが、問題は仕掛けられる場合である。「紛争」が避けられないものであり、その解決方法として相手が戦争を志向する場合、私たちはどうすれば良いのだろうか。


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