「小さい頃から『体罰』や『理不尽な説教』が本当に嫌でした」
そう語るのは、元プロ野球選手の桑田真澄さんだ。PL学園、読売巨人軍でエースとして活躍し、メジャーリーグにも挑戦した球界を代表する名選手である。
華々しい実績を見れば、順風満帆な野球人生だったように映る。だが、取材を通じて浮かび上がってきたことは、光の部分だけでなく、幼少期から体罰や理不尽な説教を経験し、野球界で長く「当たり前」とされてきた価値観への違和感とあふれるほどの〝野球愛〟だった──。
オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブCBO 侍ジャパン U-12日本代表監督
大阪府出身。PL学園時代は甲子園に5度出場し、優勝2回、準優勝2回を経験。1985年ドラフト1位で読売巨人軍に入団。通算173勝を挙げる。米大リーグピッツバーグ・パイレーツでプレー後、現役を引退。野球解説者、読売巨人軍二軍監督などを経て現職。(さとうわたる)
「2歳から野球を始めて、小学生の時にチームに入りました。早くから試合に出ていましたが、必ずといってよいほど監督や先輩から野次を飛ばすよう言われてきました。でも、僕は今までの野球人生で一度も相手を野次ったことがありません。みんなで一人の人間を攻撃するのは卑怯じゃないですか。幼い頃から、スポーツとは正々堂々とフェアに戦うものだと思っていました」
指導者からの体罰も経験した。
「小学校時代は、殴られなかった日が思い出せないくらい体罰を受けました。ウォームアップが終わって守備や打撃練習が始まる前の時点で、僕たちは両頬が腫れている時もありました。当然、水も飲めませんでした。『なぜ、飲んではいけないんですか』と聞くと、『うまくならないから』と言われる。でも、こんなことをして野球なんて絶対うまくなるはずがないと思っていました」
精神論や体罰だけではない。
「小学校5年生の頃、元プロ野球選手が指導に来て、『バットは最短距離で出せ』と教えてくれました。でも、実際にその人のスイングを見ていると、トップからきれいな弧を描いた軌道で全然最短距離じゃない。『言っていることとやっていることが違う』と思いました」
体罰や理不尽、経験や感覚だけに頼った指導論──。野球界の「当たり前」に疑問を抱き続けてきた。その問いは、やがて野球の本質を探究する歩みへとつながっていく。
