2026年8月20日(木)

スポーツの新潮流

2026年8月20日

先人たちが大切にしてきた
「野球道」の再定義

 23年間の現役生活を終えた翌年、桑田さんは早稲田大学大学院スポーツ科学研究科へ入学、平田竹男教授のもと研究に没頭した。現役時代から抱き続けてきた疑問を、感覚や経験に頼ることなく客観的に理解したい──。そんな思いがあった。

 「授業は一番前の席に座って、分からないことは何でも先生に聞いていました。現役時代はパソコンに触れる機会があまりなかったため、課題レポートをこなすのが大変でした」

 野球の歴史を紐解き、日本野球界がさらなる発展を遂げるために何ができるのか──。その思いは、修士論文「『野球道』の再定義による日本野球界のさらなる発展策に関する研究」にまとめられた。

 「文献やインタビュー調査を通じて日本野球の歴史を調べる中で、早稲田大学野球部初代監督の飛田穂洲先生が『野球道』という言葉を作られたことを知りました。飛田先生は『自分のことは自分でしなさい。先輩は後輩を思いやり、後輩は先輩を敬いなさい』という指導理念を持っていた。ベンチの前で水瓶に水を張って練習していたことも文献で残っている。飛田先生が提唱した野球道と、現代に継承される野球道が乖離しているのではないか、と疑問を持ちました」

 背景には戦争の影響があった。

 「昭和初期、政府や軍部による野球への統制が始まりました。飛田先生は指導理念と必ずしも一致しない『練習量の重視』『精神の鍛錬』『絶対服従』を強調することで、野球を弾圧から守ろうとした。さらに戦後、軍隊から復員した人たちがアマチュア野球界に復帰し、旧日本軍の悪弊を持ち込まれたことが今の野球界の伝統になった一因だと考えています。日本の野球界には礼儀や基本を大切にする長所がある反面、今も旧態依然な体質が残っている。だからこそ、現代に即した指導理論に定義し直す必要があると考えました」

「一球入魂」の精神や「千本ノック」の生みの親であり「学生野球の父」と呼ばれる飛田穂洲さん(THE ASAHI SHIMBUN)

 桑田さんは修士論文で、新たな野球道を「練習の質の重視(サイエンス)」「心の調和(バランス)」「自分と他者の尊重(リスペクト)」の3つに置き換え、その根底にある理念を「スポーツマンシップ」と位置付けた。もっとも、本人は「新しい理念を作ったわけではない」と語る。

 「ただ僕は、野球界の先人たちが本来大切にしてきた価値観を今の時代に合わせて整理し直しただけです」


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