2026年7月30日(木)

プーチンのロシア

2026年7月30日

 振り返ってみると、2022年2月にロシアのプーチン大統領がウクライナへの全面軍事侵攻を開始してから、独裁者ルカシェンコ氏率いるベラルーシは、戦争に深く関与はしているが、ベラルーシ軍が直接参戦することはぎりぎり回避してきた。

ルカシェンコ大統領(左)とプーチン大統領の関係は近いとされるが、ベラルーシ軍のウクライナ戦争への参戦はしていない(代表撮影/ロイター/アフロ)

 戦争初期の22年2~3月は、ベラルーシ領がロシア軍の侵攻拠点となった。ベラルーシはロシアに、ロシア軍の集結地、キーウ侵攻ルート、空軍基地、ミサイル発射拠点、医療・補給施設を提供した。この時点では、ベラルーシ軍も近く参戦するのではないかという見方も強かった。

 しかし、22年春~23年前半には、ロシア軍がキーウ方面から撤退したこともあり、ベラルーシの影は薄くなる。ベラルーシ領は、ロシア軍の動員兵訓練、負傷兵治療、装備整備、弾薬輸送、航空基地といった兵站基地の役割を果たすようになった。この頃になると、ベラルーシ軍の直接参戦論は次第に後退した。

 それが、23年になると、ベラルーシ絡みの色んな動きが相次いだ。何と言っても、ロシアによるベラルーシへの戦術核配備が、最大のトピックで、北大西洋条約機構(NATO)への政治的メッセージという意味合いが大きかった。

 さらに、いわゆる「プリゴジンの乱」後、ロシアの民間軍事会社ワグネル部隊がベラルーシに拠点を移したことも、大きな出来事だった。一時は、ポーランドやリトアニアとの軍事危機まで話題になったが、結果的に規模は縮小し、危機も沈静化した。

 その後も、ベラルーシ軍は動かなかったが、いつ動くか分からないので、ウクライナもかなりの兵力を北部国境へ張り付けることを余儀なくされた。ベラルーシの兵力そのものはわずかなものだが、それでもその存在は軍事的効果を持っていた。

 この時期になると、ベラルーシ・ロシアの合同演習、国境部隊増強、「ウクライナ軍が挑発」、「ベラルーシ軍が展開」というニュースが頻繁に流れた。結局、何も起きなかったが、毎回市場や外交が反応することとなった。

 ロシアの深刻な兵員不足もあり、おそらくはプーチン氏からルカシェンコ氏への参戦要請は強まっていったのではないかと思われる。しかし、25年頃になると、ベラルーシはロシア・ウクライナ双方との軍事的エスカレーションを抑える緩衝地帯へと変質した感があった。ルカシェンコは参戦回避を最優先し、ウクライナとの非公式対話、米国との接触などに努めてきた。

 最近では、6月19日にウクライナのゼレンスキー大統領が、ウクライナの都市への攻撃を誘導しているロシアの中継装置を撤去するようベラルーシに要求。ベラルーシに1週間の猶予を与え、要求が履行されない場合は自力で除去すると警告した。ルカシェンコ氏は対応した模様であり、6月24日、ゼレンスキー氏は22日からこれらの中継装置が稼働を停止したと発表した。

 それでは、ロシアの支援で権力を維持しているにもかかわらず、ルカシェンコ氏が自国軍の参戦を受け入れなかった理由は何だろうか? それはずばり、ベラルーシ国民の戦争アレルギーにあると考えられる。


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