2026年8月19日(水)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2026年8月19日

 新型コロナウイルスが世界を襲った2020年、米国のテレビに連日登場し、ウイルスの脅威を解説した小柄な医師がいた。アンソニー・ファウチ博士である。国立アレルギー感染症研究所(NIAID)の所長として、実に40年近く数々の感染症と闘ってきた、押しも押されもせぬ大御所であった。

上院公聴会に出席したアンソニー・ファウチ博士(AP/アフロ)

 パンデミックの初期、混乱と恐怖の中で科学的な事実を淡々と語る彼は、多くの米国人にとって「頼れる存在」であり、英雄でもあって、彼の顔がプリントされたマグカップや靴下が飛ぶように売れた。彼の活躍は日本でもよく知られて、京セラの創業者である稲盛和夫氏が創設した稲盛倫理賞を24年に受賞している。

 ところが26年の夏。85歳になったこの老医師は、米国議会上院公聴会で111回にわたって証言を拒否し、議会侮辱の疑いで告発されるという、かつては想像もできなかった立場に追い込まれている。いったい何が起きたのか。

111回の「黙秘」

 事の発端は、26年7月末に開かれた上院公聴会である。委員長を務めるのは、コロナ対応をめぐって長年ファウチ氏を追及してきた共和党のランド・ポール上院議員。医師でもあるこの議員は、以前から「ファウチは議会で嘘をついた」と繰り返し批判してきた人物である。

 召喚されたファウチ氏は、議員の質問にほとんど答えなかった。憲法が保障する「自己負罪拒否特権」、つまり「罪に問われかねない質問には黙秘できる」という権利を行使したのである。彼は、ポール議員が自分に対して「常軌を逸した執着」を抱いていると痛烈に批判し、「公聴会の狙いは、私の発言を訴追の材料にすることだ」とも述べた。

 黙秘という態度は、議員をいっそう怒らせた。そして8月6日、委員会は8対5の採決で、ファウチ氏を「議会侮辱」で刑事告発することを決めた。

 有罪となれば、最長1年の禁錮刑もありうる。共和党の委員は全員賛成、民主党の委員は全員反対という党派対立を反映した結果だった。


新着記事

»もっと見る