2026年9月28日(月)

トランプ2.0

2026年9月28日

 ドナルド・トランプ米大統領(以下、初出以外人物に付する敬称および官職名略)の残りの任期を占う上で極めて重要な2026年米中間選挙。中でも、南部テキサス州と同様に注目されているのが、中西部ミシガン州である。

 仮に民主党が連邦上院議員選挙で同州を落とすと、「Game is over(試合終了)」だと言われている。というのは、そうなると民主党は上院で多数派をとれない可能性が一気に高まるからだ。逆に共和党はミシガン州で民主党の現議席を奪うことができれば、上院における多数派を維持できるとみられている。

 ミシガン州の民主党連邦上院議員候補は、41歳のエジプト系のアブドゥル・エルサイード氏である。エルサイードは同州デトロイトの郊外にある高級住宅街ブルームフィールド出身で、ミシガン大学で医学博士号を取得した後、公衆衛生学者としてデトロイト市の保険局長を務め、公衆衛生行政を再建した手腕が高く評価された。

中西部ミシガン州民主党連邦上院議員候補エルサイード氏と筆者(デトロイト)

 エルサイードは「政治から不適切な資金を排除する(政治とカネを切り離す)」「人々のポケットにカネを入れる(人々の手元に残るカネを増やす)」および「国民皆保険制度を導入する」を提唱している。

 また、ICE(移民・関税捜査局)の廃止や米国のイスラエルへの無条件の軍事援助および支援に反対の立場をとっている。さらに、彼は「政治団体PAC(政治活動委員会)から献金を受けない」と断言しているが、実際は無制限に献金を受けることができるスーパーPACから約500万ドル(約7億8000万円 1ドル=157円で換算)の支援や資金援助を受けたと指摘されている。

 エルサイードは米史上初のイスラム系連邦上院議員になることができるのか。以下で、現地調査の報告を含めながら、その可能性について述べていこう。

僅差でリードするエルサイードの課題

中西部ミシガン州民主党連邦上院議員候補エルサイード氏の公約(デトロイト、筆者撮影)

 米有力紙ワシントン・ポストとジョージ・メイソン大学(南部バージニア州)がミシガン州の投票に行く可能性が非常に大きいと推計される有権者を対象に実施した世論調査(2026年9月10~14日実施)の結果をみてみよう。同調査では、エルサイードの支持率は48%、共和党連邦上院議員候補のマイク・ロジャーズ氏は45%で、エルサイードがロジャーズを3ポイント上回った。

 同時に、同調査ではエルサイードの課題も浮き彫りになった。対象となった有権者の53%が、今秋の米中間選挙で上院は民主党が多数派になることを望んでいると回答したのに対して、エルサイードの支持率はそれを5ポイント下回った。また、アフリカ系に限ってみると、83%が上院は民主党が多数なることを望むと答えたのに対して、同系のエルサイードに対する支持率は67%で16ポイントも低かった。

 エルサイードは、ミシガン州の連邦上院議員候補を決める民主党予備選挙において中道派のヘイリー・スティーブン連邦下院議員(ミシガン州第11選挙区選出)と激戦を交え、僅か1ポイント差で勝利を収めた。11月3日の本選に向け、エルサイードの課題は党内を統一させ、中道派とアフリカ系の票を確実に獲得することである。

デトロイトとハムトラムクでの戸別訪問

「F」と「T」を入れ替えた反トランプのバッジ(デトロイト、筆者撮影)

 9月5日、デトロイト市の北部にある民主党のフィールドオフィス(有権者登録用紙の配布や戸別訪問を実施する現地事務所)を訪問し、スタッフやエルサイードの支持者たちに「日本から来ました」と伝えると、彼らは大歓迎をしてくれた。

 アフリカ系の高齢のある女性は「アブドゥルにメールをするわ」と言うと、早速、“アブドゥル”にメールを送った。1分も経たないうちに、彼女が「アブドゥルが素晴らしいと返事をしてきたわ」と教えてくれた。このとき、筆者は冗談かと思った。

 同日、デトロイト北東部の低所得者が住む地域で約30軒、翌6日ハムトラムクで約60軒のターゲットとなっている有権者の家を、地元の教師について訪問した。

 ハムトラムクはデトロイトに囲まれた独立した市である。20世紀前半、自動車産業とポーランド系移民で繁栄した。1980年代初めから日本製の自動車の米国進出もあって、自動車産業は急速に衰退し、ポーランド系移民の人口も激減した。それに代わって、イエメン系とバングラディッシュ系のイスラム教徒の移民が、ここに住み着いている。

 ハムトラムクは、全国平均を上回る凶悪犯罪率が示すように、かなり治安が悪く、空き家や人が住んでいると思われる家々に荒廃の跡が見えた。玄関ドアの外側に丈夫な鉄製の格子でできた別のドアがついている家が大半であった。筆者は2008年米大統領選挙から研究の一環として戸別訪問を実施してきたが、訪問する地域の家に鉄製の格子ドアがついているか否かが、その地域の治安の良し悪しを区別するマーカーになることを知った。

 さらに、鉄製の格子と格子の間隔は治安の悪さの程度を示してくれる。指が入らないほど、格子が狭く組まれている玄関ドアも多く、ドアをノックするのに一苦労した。

 そこで、今回は治安を考えて地元の運動員について戸別訪問を通じて調査を行った。同月5日の戸別訪問は、白人女性、翌6日は幼稚園と小学校で音楽を教えるナイジェリア系の20代男性教師に従った。彼の名前は「トビー」。陽気で寛容な性格のトビーが、地域の有権者に受け入れられているのを観察できたのは、ある意味恵まれていた。フィールドオフィスのディレクターであるレニー(ヒスパニック系)の好意による紹介であった。

デトロイトとハムトラムクのボランティアの運動員トビーと筆者(中西部ミシガン州デトロイト民主党フィールドオフィス)

「変革型リーダーシップ(transformational leadership)が必要だ。従来のアプローチでは変化は起きない。非現実とみられてもいい。大胆な変化が求められている」

 トビーは、筆者にいきなりこう語りかけてきた。変革型リーダーシップは、1980年代に組織心理学者のバーナード・バスによって発展したリーダーシップ論で、20代の音楽教師からその言葉が飛び出すとは想像もしなかった。

 トビーの考え方は、たとえ実行するのが困難でも大きな変化をもたらす経済政策を求める民主社会主義者の主張と一致していた。また、戸別訪問の最中、日本に関しても次のような質問を投げかけてきた。

「日本の首相はなぜトランプ(大統領)に強く出ないのか。日本は小国ではない」

 そこで「日本には米軍基地がある。中国や北朝鮮、ロシアの脅威にさらされており、日本は米軍に守られているからだ」といったありきたりな返答をすると、納得のいかない表情を浮かべていた。

 トビーは傾聴力に優れ、決して訪問した相手と議論をしなかった。2012年米大統領選挙で当時激戦州であった南部バージニア州フェアファックスにあったオバマ選挙対策事務所に入ったとき、同事務所ではボランティアの草の根の運動員を対象に「説得のトレーニング(persuasion training)」を実施していた。同事務所の責任者が「説得とは議論しないこと」と教え、積極的傾聴を運動員に強く求めていた。トビーはあたかも、筆者が約15年前に受けたトレーニングを実践しているかのようだった。


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