「アフリカ系対中東からの移民」
戸別訪問を通じて、有権者の関心の高い争点が明確になった――「税金」「食品価格とガソリン価格」「保険料」。「アフォーダビリティ(手の届く範囲)」と一言で回答する有権者もいた。彼らは、一般家庭の食卓で家族が話し合う生活に直結する身近な問題、所謂、「kitchen & table issue」について語った。
これらは日本国内で米中間選挙の研究を行っていても分かることだが、現地で、フェイス・トゥ・フェイスで有権者の表情を見、実際彼らの生の声を聞き、また、米中間選挙や大統領選挙特有の「皮膚感覚」を身につけることは、所謂、フィールドワークの真髄である。
ターゲットとなっているアフリカ系のある高齢者の男性の家を訪問したとき、彼は筆者に衝撃的な発言をした。
「彼ら(中東からの移民)は、私たちのことを嫌っている。アブドゥルは私たちの代表ではない」
このアフリカ系の高齢者の男性は、中東からの移民を敵視しており、彼らとエルサイードを心理的に重ね合わせていた。このときは、トビーは「アブドゥルは米国出身者です」と述べて、高齢者の誤解を解こうとした。男性は納得のいかない表情をしていた。
戸別訪問を行った地域では、アフリカ系と中東からの移民の間に経済的摩擦や異文化摩擦が生じていた。
「アブドゥルはあなたが関心のあることに関心があります」
トビーは最後にこう言って、この男性の家を後にした。
次の訪問予定となっている家に向かう途中、トビーが「アフリカ系対中東からの移民」の摩擦に関して次のように説明してくれた。
「この地域では、中東からの移民がガソリンスタンドや食料品店のオーナーになっているからだ」
アフリカ系は、後から入ってきた中東からの移民に職業を奪われ、なおかつ彼らに牛耳られていると強い不満を抱いていた。
フィールドオフィスに戻ると、早速ディレクターのレニーに、アフリカ系の高齢者の男性との会話の内容を報告した。彼女は、アフリカ系と中東からの移民の間で生じている経済的摩擦や異文化摩擦を把握していた。
上に紹介したワシントン・ポストとジョージ・メイソン大学の共同世論調査で、エルサイードに対するアフリカ系の支持率が全体の支持率よりも低い数字が出たが、現地で実施した戸別訪問を通じて、その数字を皮膚感覚で理解できた。
トランプのエルサイードに対する攻撃――人格と宗教
トランプは、バーニー・サンダース連邦上院議員(無所属・東部バーモント州)、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス連邦下院議員(民主党・東部ニューヨーク州第14選挙区選出)およびニューヨークのゾーラン・マムダニ市長等、民主社会主義者を共産主義者にすり替えて、「民主党=共産主義」とレッテルを貼り、それを11月3日の米中間選挙の選挙戦略の中心に据えてきた。しかし、南部テキサス州と同様、ミシガン州においてもこの戦略は効果を発揮していない。
その主たる理由は、エルサイードが「私は民主社会主義者ではなく、資本主義者だ」と明言しているからである。そこで、トランプは戦略を変更して、エルサイードの人格と宗教を攻撃している。
例えば、トランプは今回のミシガン州の連邦上院議員選挙を「常識対狂気」と一方的に決めつけ、エルサイードに対して「狂気」や「危険な人物」というレッテル貼りをした。また、エルサイードのミドルネームが「モハメド」であることを強調し、対イスラム恐怖心を煽っている。
その上で、トランプは「彼(エルサイード)はユダヤ人を憎んでいるし、イスラエルを憎んでいる」と述べ、ユダヤ系の票とイスラエル支援のロビー団体AIPAC(米国イスラエル公共問題委員会)からの政治資金獲得という政治目的のためにエルサイードを利用している。
さらに、トランプはエルサイードの実母や姉妹までも持ち出して、激しく攻撃している。例えば、トランプは「彼(エルサイード)の実母は、ビンラディン(9・11の首謀者)に資金提供をした団体で働いていた」と訴え、エルサイードの実母をテロリストと同時多発テロに結びつけようとしている。確かに、実母はトランプが指摘する団体、イスラム・アメリカ救済機関で働いていたが、孤児や片親ないし両親を亡くした子供の支援をしており、テロには関わっていなかったとファクトチェックで明らかにされている。
また、トランプは「彼(エルサイード)の姉妹は10月7日(ハマスによる)イスラエル攻撃を祝っていた」とも指摘した。この発言も、米主要メディアのファクトチェックで誤りと判断されている。
加えて、トランプはエルサイードが「連邦最高裁判所を23人の極左の狂った判事で埋め尽くそうと自慢している」と述べた。これも誤情報であった。
トランプのエルサイードに関する誤情報や誤認は続く。トランプは「『米国は9・11のテロ攻撃を受けて当然だった』と過去に発言をしたインターネットのインフルエンサー(ハサン・パイカー氏)と一緒に選挙活動を行っている」とエルサイードを批判した。エルサイードが2つの大学のキャンパスでの選挙集会にパイカーと登壇したことは事実であるが、9・11に対しては、エルサイードは「正当化されるとは思わない」と反論した。また、民主社会主義者のパイカーの発言に関して「愚かな発言だ」と一蹴した。
上のトランプのエルサイードに対する攻撃的な発言から何が読めるのか。率直に言ってしまえば、これまでのトランプの敵に対する手法と同様で、エルサイードに関しても誤情報を意図的に広める悪意が透けて見える。裏返せば、戸別訪問で出会った「アフォーダビリティ」に最も関心のある有権者に対して、有効な物価高対策が打てないからである。だからこそ、トランプはアフォーダビリティが「民主党のでっち上げ」と表現して、誤情報を拡散し、有権者を混乱させて、勝利に向けて打開策としたいのだ。
