「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」は、日本発の地域構想が国際社会の共通言語へと育った、冷戦後の日本外交における稀有な成功例である。その構想上の源流は、2007年8月、安倍晋三首相(当時)がインド国会演説で示した「二つの海の交わり」という視座に遡る。
この視座は、第2次安倍政権の下で日本の外交構想として練り上げられ、16年8月、安倍首相がケニアでFOIPを打ち出すことで明確な形を得た。本年は、そこから10年の節目にあたる。
太平洋とインド洋、アジアとアフリカを一つの政策空間として捉える発想は、地域ごとに展開されてきた外交、安全保障、経済協力を相互に結びつけ、一つの地域戦略として位置づける基盤を与えた。17年に第1次トランプ政権が国家安全保障戦略に「自由で開かれたインド太平洋」を採用すると、FOIPは日本発の構想から、主要国の地域戦略を接続する共通言語として発展していった。
FOIPが過去10年に地域構想として浸透した背景には、構想の内容、それが提示されたタイミング、そして地域の需要が相互に適合したことがある。中国の「一帯一路」が港湾、海運、インフラ整備を通じてアジア全域へと広がる中、地域諸国は、特定国への依存を管理しながら、経済発展に必要な資金と連結性を確保し、外交的選択の幅を維持するという課題に直面していた。
こうした背景のもとで、FOIPが地域秩序のあるべき姿として法の支配、航行の自由、連結性、質の高いインフラを一つの構想の下に結びつけたことで、各国はFOIPを、自国の発展と外交的均衡を両立させる枠組みとして受け止めることができた。
同時に日本も、「戦略」という呼称を次第に避けて「構想」を前面に出し、東南アジア諸国連合(ASEAN)の中心性と包摂性を重視することで、FOIPが対中牽制に収斂するとの警戒を和らげるとともに、中国に対しても国際ルールに沿った関与を促す余地を残した。FOIPが地域の共有概念として定着した重要な条件は、日本が米国による採用に先立って地域固有の需要を捉え、そこから構想を組み立てたという政策形成の順序にあった。
国際秩序を取り巻く環境が大きく変容する中、日本外交におけるFOIPの位置づけも再定義されてきた。23年3月に岸田文雄首相(当時)が発表した「FOIPのための新たなプラン」では、ロシアによるウクライナ侵攻とグローバルサウスの存在感の高まりを背景に、「力や威圧とは無縁」で「多様性・包摂性・開放性」を尊重する秩序原則を前面に掲げた。FOIPを、多様な地域諸国が自らの利益に引きつけて共有しうる秩序構想へと再定義し、その国際的正統性を広げようとする意図が表れていた。
そして本年5月、高市早苗首相は訪問先のハノイで外交政策演説を行い、過去10年の蓄積を今日の政策課題へと接続する「進化版FOIP」を打ち出した。
上の図に示す通り、その射程は、海洋秩序と連結性を基礎としながら、デジタル、エネルギー、経済安全保障、能力構築へと広がり、政策体系としての具体性を増している。

