2026年7月11日(土)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2026年7月11日

 アルツハイマー病は、記憶や思考の力が少しずつ失われていく病気であり、長年の研究にもかかわらず、進行を確実に止める治療法はまだ見つかっていない。これまではアミロイドβやタウという異常タンパク質が脳に蓄積することが主な原因と考えられてきた。そして、そのような変化を引き起こすのは、脳の糖代謝の低下、ミトコンドリア機能障害、インスリン抵抗性などの代謝異常という説が有力になっている。

(dore art/gettyimages)

 2026年に発表された論文では、アルツハイマー病とタンパク質の代謝異常の関係を調べるために、グルコサミンが使用された。グルコサミンは関節の痛みや変形性関節症の治療のために、世界中で広く使われているサプリメントであるため、この論文は「グルコサミンがアルツハイマー病を悪化させることを示した」として、ニュースで取り上げられるなど大きな波紋を広げている。

 ところが、専門家はこの論文をほとんど問題にしていない。なぜだろうか? その答えは「科学論文の読み方」にある。

4つの実験

 この論文が注目したのは、「糖鎖修飾」という仕組みである。私たちの体のタンパク質には、糖が枝のように付いていて、これがタンパク質の働きや細胞のコミュニケーションを支えている。研究チームは「糖鎖が異常に増えることがアルツハイマー病の原因ではないか」と考え、この仮説を証明するために4つの実験を行った。

実験1:人とマウスの脳で「糖鎖の増加」を確認

 アルツハイマー病で死亡した患者の脳組織と、アルツハイマー病を発症したマウスの脳を、特殊な画像技術で調べたところ、どちらでも糖鎖が大きく増えていた。さらに、病気の進行度が進むほど、脳の神経細胞の細胞体が集まる灰白質(かいはくしつ)で糖鎖が増えていることが分かった。

実験2:増える原因は“作りすぎ”だった

 糖鎖が増える理由は2通り考えられる。「作りすぎる」のか、「分解が追いつかない」のかだ。研究チームは放射性物質で目印を付けた糖を使って追跡し、アルツハイマー病の脳では糖鎖を作りすぎていることを突き止めた。

実験3:減らすと症状改善、増やすと悪化

 いよいよ「糖鎖は本当に症状を悪化させるのか」を確かめる実験だ。まず、糖鎖を作る酵素を抑制して糖鎖を減らすと 、アルツハイマー病のマウスの記憶テストの成績が良くなった。次に、グルコサミンを投与して糖鎖を増やすと、アルツハイマー病のマウスの記憶テストの成績が悪くなった。最後に、健康なマウスでは、グルコサミンを与えても糖鎖は増えず、記憶も悪くなることはなかった。


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