「本人に代わりまして、退職の意思をお伝えします」──。
電話口の声を聞いた管理職は一瞬、言葉を失う。つい先日まで職場で顔を合わせていた若手社員である。直接相談を受けた記憶はない。大きな不満を口にしたこともない。それでも退職の意思は、本人からではなく退職代行業者を通じて突然伝えられた。驚きは、やがて諦めにも似た感情へ変わる。「今はそういう時代なのだろうか」と受け止めるしかないようにも思える。
だが、本当にそれだけで片づけてよいのだろうか。若者が弱くなったのか。会社への忠誠心が薄れたのか。あるいは企業の側が働く人の小さな違和感や失望を受け止める力を失っているのではないか。問われているのは、社員をいかに引きとめるかではない。社員が「この会社で働き続けたい」「ここで自分を育てたい」と思える理由を、日々の仕事の中につくれているかである。
総務省の労働力調査を見ると、実際に転職した人が急増しているわけではない。2025年平均の転職者数は約330万人で、前年より1万人減少した。実に4年ぶりの減少である。一方、同年の転職等希望者は1023万人となり、前年より23万人増えた。ここでいう転職等希望者には、「現在の仕事を辞めてほかの仕事に変わりたい人」だけでなく、「現在の仕事のほかに別の仕事もしたい人」も含まれる。
つまり、就業者は一斉に会社を辞めているのではない。いまの職場に身を置きながらも、別の仕事、別の働き方、別の可能性を考え始めている。上図が示すのは、働く人の心がすでに動き始めているという事実である。

