船が港に着いても、貨物は自動的に工場や倉庫へ届くわけではない。コンテナを港から引き取り、納品し、空コンテナを指定先へ返却する「ドレージ(コンテナトラックによる輸送)」がなければ、海上コンテナを港から倉庫や工場へ運べない。
ところが、その不可欠な車両が、輸送ではなくゲート前の待機に費やされている。以前(現実味を帯びる“港からモノが運べなくなる日” 、物流の結節点で起きる崩壊の兆し、現場を追い詰める複合的要因)は、ドレージ供給力が高齢化や稼働台数の減少で先細っている実態を取り上げた。
今回考えたいのは、その限られた輸送力が港湾待機によってさらに失われている問題である。
「待つだけの時間」が輸送力を奪う
運輸総合研究所が東京都トラック協会の調査を整理した資料(出典2)によると、東京港・大井ふ頭では、車両が並び始めてからゲートを出るまでのターンタイムが平均70〜80分で推移している。さらに特定のターミナルでは平均2時間を超え、最長4時間55分となった事例もある。
運送会社にとって、待機は単なる時間の損失ではない。ゲート前で待っても運べる本数は増えない一方、車両とドライバーは拘束される。待機料を請求できる契約もあるが、拘束時間や失われた次の輸送機会まで十分に補填できるとは限らない。そのため、待機時間が長いほど一日の運行本数と売り上げ機会は減る一方、労務費や車両の拘束コストは積み上がり、状況によっては燃料費もかさむ。
つまり、待機時間が長いほど一日の運行本数と売り上げ機会は減る一方で、労務費と車両の拘束コストは積み上がり状況によっては燃料費もかさむ。
また国際物流全体で見ても、港湾待機の深刻さは単に時間を失うことではない。供給余力の乏しいドレージ車両を輸送ではなく待機に使い、残された輸送能力をさらに目減りさせることにあるのだ。
以前筆者の記事で取り上げた通り、東京港では1社・1日当たりの平均稼働台数が2011年から25年で約35%減っている。この限られた供給力の中で待機は採算悪化の一因となり、車両更新や人材確保を難しくして、供給力の先細りに拍車をかけている。
待機で運べる本数が減れば採算が悪化し、待機の長い仕事が避けられて配車が難しくなり、コンテナは港に取り残されて待機はさらに長くなる。この負のスパイラルこそ、港湾待機を現場の不便として片づけてはならない理由である。
