南鳥島周辺の深海に眠るレアアース泥が、大きな注目を集めている。世界有数の資源量、高品位、放射性元素が少ないこと、中国依存からの脱却――。こうした言葉だけを並べれば、日本にとって夢のような国産資源に見える。
しかし、国家プロジェクトを評価するときに最も危険なのは、「技術的にできること」と「経済的に成り立つこと」を混同することである。日本は戦後、新幹線、巨大ダム、青函トンネル、宇宙ロケット、東京オリンピック、万国博覧会など、数多くの大型国家プロジェクトを実現してきた。
それらは巨額の国家資金を必要としたが、すべてが同じ論理で成功したわけではない。では、国家プロジェクトの「成功」とは何なのか。そして南鳥島レアアース泥開発は、その歴史の延長線上に置くことができるのだろうか。
国家プロジェクトの採算は「利益」だけでは測れない
民間企業の投資であれば、基本的な判断基準は明快である。投資した資金に対して、将来どれだけの利益を生むかである。しかし国家プロジェクトの場合は、それだけではない。評価すべき価値は、大きく四つに分けられる。
第一は、事業そのものが生み出す直接収益である。
第二は、交通、物流、観光、産業育成など社会全体にもたらす経済便益である。
第三は、安全保障、災害対応、国土形成など、市場価格では十分に測れない国家的価値である。
第四は、新しい技術や産業を育てる将来価値である。
したがって公共投資では、NPV(正味現在価値)、B/C(費用便益比)、EIRR(経済的内部収益率)などを用いながら、事業そのものの採算だけでなく社会全体の便益を評価する。この視点から過去の国家プロジェクトを振り返ると、南鳥島の特殊性が見えてくる。
東海道新幹線
輸送力ひっ迫を打破し、その後の日本経済を牽引した国家プロジェクト
東海道新幹線は、(純粋な民間企業ではなく、日本国有鉄道<国鉄>が行った)国家プロジェクトの代表例である。その経緯は、戦前の「弾丸列車計画」(東京~下関間に広軌別線の列車を建設するというもの)までさかのぼるが、日本の戦後の経済復興が進む中、在来線の「東海道本線」の輸送力ひっ迫を解決するためのものであった。
つまり、輸送力のひっ迫が将来の日本の経済成長のネックになるという懸念を打破し、既存の在来線の複線化(新たな在来線をもう一本、横に建設する)ではなく、広軌別線で「新幹線」をつくりあげるというプロジェクトだったのである(現在、建設が進められているリニア中央新幹線はその東海道新幹線の二重系化、バックアップだという)。
しかも東海道新幹線が生み出した価値は東京~大阪間の時間短縮や企業活動の効率化、観光、沿線開発、人的交流、さらには高速鉄道技術の蓄積まで含めれば、その社会的収益は極めて大きかった。
ここに南鳥島との決定的な違いがある。新幹線には完成前から潜在的な顧客がいた。レアアースにも需要はある。しかし、南鳥島から生産されたレアアースを、その生産コストに見合う価格で買う顧客が十分に存在するかどうかは、まだ証明されていないのである。
黒部ダム――「何を、いくらで売るか」が明確だった
黒部ダムを中心とする黒部川第四発電所建設も、戦後日本を象徴する巨大プロジェクトである。この事業には極めて明確な目的があった。電力不足の解消である。商品は電気である。したがって基本的な経済計算は、「年間発電量×電力価値-運転維持費-建設費・金利」という形で考えることができる。しかも水力発電設備は数十年間使用できる。
一方、南鳥島レアアース泥の場合ははるかに複雑である。海底から泥を採るだけでは商品にならない。採泥し、約6000メートルの深海から揚泥し、船上で処理し、南鳥島まで運び、脱水し、本土へ輸送し、選鉱し、浸出し、元素ごとに分離し、精製・製錬する。
さらに残渣の処理まで必要になる。「泥が上がった」という技術的成功と、「商品を利益を出して販売できた」という商業的成功の間には、長い距離が存在するのである。
青函トンネル――赤字でも国家的価値は存在する
国家プロジェクトの評価では青函トンネルが、南鳥島との比較対象として興味深い。青函トンネルは、単純な運賃収入だけを見れば、東海道新幹線ほど優れた投資とは言い難い。
しかし、その価値は財務収益だけでは測れない。北海道と本州を恒久的に結ぶこと、貨物輸送を安定させること、悪天候による海上交通遮断のリスクを減らすこと、国土を一体化することなど、大きな社会的・国家的便益が存在する。
つまり、財務的な収益率が低くても、社会的・国家的収益率が高ければ国家事業として成立するということである。この論理は南鳥島にも適用できる。
ただし、その場合には「鉱山として儲かる」という説明ではなく、経済安全保障のために国民がどこまでコストを負担するのかという別の議論が必要になる。
東京オリンピック――大会ではなく「東京改造」が巨大な財産を残した
1964年の東京オリンピックも興味深い。大会そのものの収益だけを見れば、その後の日本経済に与えた巨大な効果を説明することはできない。重要だったのは、オリンピックを一つの期限として、東京に必要だった社会インフラを一気に整備したことである。
東海道新幹線、首都高速道路、地下鉄、上下水道などが整備され、その後何十年間にもわたって日本経済を支えた。したがって東京オリンピックの経済性は、「入場料+観光収入」だけで計算するものではない。
その後数十年間利用される社会資本の価値まで含めて評価する必要がある。国家プロジェクトには、このような長期的外部効果が存在するのである。
大阪万博――「経済効果」と「利益」を混同してはならない
万国博覧会も同様である。入場料、飲食、宿泊、交通、建設投資、企業投資、観光などによって巨大な経済波及効果が生まれる。しかし、ここで重要な注意点がある。「数兆円の経済波及効果」と「数兆円の利益」は全く違う。
経済波及効果とは、社会全体で発生する経済活動の総量であって、国家がその金額を回収するわけではない。南鳥島についても同じ注意が必要である。
「海底に何兆円分のレアアースが眠っている」という説明と、「そのレアアースを採掘して利益を出せる」という説明は全く別物なのである。地下あるいは海底に存在する資源の理論的市場価値を合計しても、それは鉱山の利益ではない。
宇宙ロケット――国家が買う「技術的自立」という保険
宇宙ロケットは、さらに南鳥島に近い性格を持つ。ロケットの打ち上げ料金だけで、国家が投入した研究開発費をすべて回収することは難しい。しかし宇宙技術には、衛星通信、気象観測、測位、安全保障、精密加工、材料技術、制御技術など、巨大な波及効果が存在する。
さらに重要なのは、「外国に依存しなければ宇宙へ行けない国家」にならないための技術的自立である。これは国家が保有する一種のオプション価値である。南鳥島レアアース泥研究も、現段階ではこのカテゴリーに近い。
