プロ野球巨人の阿部慎之助前監督が2026年5月、長女への暴行容疑で現行犯逮捕され、わずか一夜のうちに監督を辞任した。この一件は連日スポーツ紙・ワイドショーを賑わせ、世間の関心はもっぱら「逮捕は妥当だったか」「辞任は早すぎたか」という人物評価に集まった。
しかし、経営者・人事担当者にとって本質的に重要な論点は別にある。それは、「家庭内の出来事」が、一夜で「経営判断」に直結する事態になったという構造の変化である。
「うちの会社の役員が、家庭内のトラブルで逮捕されたら、どう対応するか」——。この事案を見て、そう自問した経営者・人事担当者は少なくないはずだ。元児童相談所職員である筆者の経験から、現行の児童虐待対応システムの実際の姿を整理し、なぜこうした事態が「対岸の火事」ではないのかを論じる。
児童虐待対応システムの実態
「家族に少し手を挙げたくらいで辞任を求めるような社会は狂っている。親は子どものことを思って厳しくするものだ」。皆さんの会社に事件をこう論評する幹部はいないだろうか。これは、企業にとっては大きなリスクである。
なぜ、大きなリスクになるのか。情報漏洩や労務管理が法改正でアップデートされ、危機管理レベルが上がっているのと同様に、家族の危機に対する現行制度もまた変貌を遂げているからである。
まず確認すべきは、現行制度の枠組みである。
事件の発端は、長女が生成AIのアドバイスに従って、児童相談所に電話を入れたことだった。長女による「暴力を振るわれた」という入力に対し、生成AIが児童虐待の専門対応機関への相談を促したのである。
これ自体は、例外的な回答でも、ハルシネーション(AIが事実とは異なる情報や存在しない架空の情報を、あたかも正しい事実であるかのように自信満々に出力する現象)でもない。
こども家庭庁をはじめ、子どもの安全・安心に関わるものは、「何かあったら気軽に相談を」と繰り返し呼びかけている。生成AIだから特別な案内をしたわけではない。
「189(いちはやく)」という電話番号をご存じだろうか。正式には『児童相談所虐待対応ダイヤル』と呼ばれる。110(警察)や119(救急)と同様に覚えやすい3桁番号で、24時間365日、いつでも地域の児童相談所に電話がつながる仕組みである。
児童相談所から警察への情報は「当たり前」
「児童相談所は相談機関なのに、なぜ警察に情報が筒抜けなのか」。この認識も時代遅れである。
16年に埼玉県狭山市で当時3歳の女児が同居男性と母親から虐待を受けて死亡する事件が起きた。警察は近隣住民からの110番通報を受けており、市役所も複数回家庭訪問をしていたが、事件を防ぐことができなかった。原因は、警察と行政が情報を共有していなかったこととされ、その対応は社会から厳しく批判された。
18年の東京都目黒区5歳児虐待死事件、19年の千葉県野田市10歳児虐待死事件など、その後も児童相談所や教育委員会が状況を把握しながら、子どもを救えない事件が相次いだ。こうした事件の対策として、多くの自治体では児童相談所と警察との児童虐待事件の全件共有が進んでいる。
経営者、人事担当者は「全件共有が当たり前」という認識をもつ必要がある。
