2026年、若い女性などにとって今や必須アイテムとなったミニ扇風機に銀のプレートが付く様になった。「ペルチェ素子」を使った「冷却プレート」だ。
ミニ扇風機の新しい機能
ペルチェ素子は、直流電流を流すと片面が冷え、反対側が熱くなる半導体デバイス。冷たい面から暖かい面へ熱を「ポンプ」で押し出すように移動させる働きがある。冷たい面は0℃以下にセットすることも可能だ。
それが扇風機に付けられたのだが、初めて見た時、使い方がわからなかった。よくよく取説を読むと、「肌に当てる」とある。額に当てると、すっと涼しくなる。氷を当てた感じだ。気持ちいい。
だが、恥ずかしくもあった。大の大人がペロペロキャンディのような扇風機を額や頬にあて、涼むのはどう考えても絵にならない。が、酷暑が続く令和の夏、背に腹は代えられないか。
また欠点もある。熱中症で冷やす場所は、太い血管が皮膚に近いところまで出ている箇所、頸動脈、腋窩、鼠蹊部、もしくは手のひら、足の裏、ほほ。手のひら以下の3カ所には、体温調整に使われるAVA(動静脈吻合)という部位があり、そこを冷やすと効率よく体を冷やすことができる。
この6カ所の中で、ファンに付いたペルチェ素子を押し当てられることができるのは、手のひらとほほ。首が長い人なら頸動脈に当てることはできるかも知れないが、私は上手く行かなかった。せっかくの新しい機能だが、十分にこなれているとは、まだ言えない。今後に期待したい。
ゼネラルの業務用ウェアラブルエアコン
ペルチェ素子を使うだけだったら、そんなにノウハウは要らない。極端な話、取り付ければなんとかなる。だが、ミニ扇風機を見ても、わかるように、それは建前だ。確実に効果を得るためには、かなりの作り込みが必要だ。今、戸外で使われる熱中症対策ギアの内、もっとも作り込んでいるのは、ゼネラル(旧富士通ゼネラル)の業務用「ウェアラブルエアコン(以下ウェアコン2)」だろう。
業務用途というのは、仕事のために使われるのだが、機器の仕様・機能に責任を持つが必要だ。「ウェアコン2」の場合、熱中症予防だ。
労働中の熱中症予防は、実は法律でも定められている。(含法改正)「気候変動適応法」「労働安全衛生法」他がそれだ。
昔から熱い現場というのはある。鉄鋼、ガラスなどを扱う工房、炭焼きなどだ。人はこの様なハードな環境でも、仕事を完うするために、いろいろな工夫を凝らしてきた。有名な例としては、ボヘミアングラスで有名なチェコのガラス職人は、脱水他を防ぐために仕事中でもビールを飲むことが許されていた。炉の温度は2000℃。とにかく水分補給が必要。で、薄めたビールで水分補給したという。チェコは世界一のビール消費国であり、価格も水より安いが、それだけでなく、素早く吸収できること、栄養も取れるというメリットも考慮したのでと思う。今ならスポーツドリンクに当たるだろう。
さて法律が定められると、厚労省などが具体的に何をしたらいいのかをアドバイスする。しかし、室内と戸外では全く状況が異なる。室内だとエアコンという絶対王者があり、それをどう使うのかに終始する。一方、戸外は麦わら帽子、日傘を皮切りに、うちわ、扇子。ミニ扇風機。業務用の巨大扇風機。ミストクーラーなどがある。だが、気温が体温を越す今、エアコンのある室内のように、「確実に涼しくできる」とは言えない。戸外はいろいろな状況があるからだ。
昔、漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(秋本治、集英社)で、警察寮が暑いというので、主人公の両さんが各自の部屋で24時間エアコンが使えるようにした話があった。その時、部屋だけでなく、廊下、コンビニも涼しく行きたいという要望に応え、ウェアラブルエアコンを作る。ファーストモデルは深海潜水服のようなモデル。ヘルメットにホースを付けて、冷気を送る。しかし、これでは遠くへ行けないというので、次はエアコンを背負うモデルを作る。見た目、宇宙飛行士。私は笑うと共に感心してしまった。エアコンは人間を空冷するわけで、冷えた空気が漏れ出すようでは冷えない。それで密閉度抜群の宇宙服の登場というわけだ。理にはかなっている。
それはともかく、この酷暑耐えられるようにする方法に、どんな方法があるのだろうか。一番いいのは、そのエリア全部を冷やしてやることだ。ドームで都市全部を覆い、エアコンを使うことだ。今の技術では実現は無理。
夢物語はさておき、実際の有効手段は、①外から来る熱を断ち切り、②体を冷やしてやることだろう。ポイントは片方では不十分。強弱はあるにせよ、両方ともに行うことだ。この課題にまともに向き合ったのが、ゼネラル(旧社名:富士通ゼネラル)。日本でも有名なエアコンメーカーであり、2018年からウェアラブル・エアコンを新規事業として検討を始めた。
まず、②「的確に」冷やすことを目指した。
恒温動物である人間は、体温調整を身体中の隅々まで張り巡らされた血管と血液、そして皮膚から出す汗により行う。人が外から得るもので水が最も重要だと言われるのは、この体温調整機能を維持するためだ。
だが、猛暑、酷暑のような環境だとこの体温維持機能が使えなくなることがある。外から入ってくる熱量に対し、内側から放出する熱量が不十分。結果、内に熱が籠る。これが熱中症だ。
対応策は、体を冷やしてやること。が、むやみやたらに冷やしても効率が悪い。このため身体が持っている機能を使う。身体中を巡っている血液の温度を下げることにした。皮膚近くを走る太い血管がある部位を冷やす。具体的には頸部の頸動脈、脇の下、鼠蹊部(腿の付け根)が挙げられる。これは熱中症対策でも言われていることだ。最近は、手のひら、足の裏、ほほには、AVA(動静脈吻合)というという主に体温調整を行う部位も注目されている。
しかし、この中で、作業中冷やすのに使えるのは頸動脈だけ。他の部位より、行動の邪魔になりにくいからだ。採用されたのがペルチェ素子。冷やしたり、発熱したりする小さな半導体素子だ。
発想したのは、東京大学の板生清・名誉教授。ゼネラルはその実用化を行った。「実用化」と書くと、簡単だと思われるかも知れないが、実用化のハードルは高いことが多い。
著名なところでいうと、マツダのロータリーエンジン。原理は昔からあり、具現化したのは、ドイツの技術者 ヴァルケン氏。そのエンジンを見て、自社の看板エンジンにしたいと考えたのがマツダ(当時の東洋工業)だった。が、素材、精度が非常に難しく、実用化は難航を極める。特にエンジンを正確に回転させるためのアスペクト・シールの開発が大変だった。
同時期は、ロータリーの実用化を、世界で20以上のメーカーが手がけた。が、トヨタ、日産、ベンツ、ロールス・ロイスなどが開発中止をするほどの難易度。最後まで成し遂げたのは、当時世界的には無名に近い日本のクルマメーカーだけだった。素材開発は、失敗の連続であり、多くの場合心が折れる。が、マツダは騒がず、工夫を積み重ねたのだ。
ゼネラルの実用化も似ている。試作品を作り、現場に何度となく足を運び、効果、装着感をテストしてもらう。それを反映して改良版を作り、またテストをお願いする。それを何度となく繰り返す。効率は悪い。実用化というのは、この地味な作業の繰り返しだ。
