アリは足下にいる小さな昆虫。ふだん生活している分には、ほとんど気にとめることはない。
しかし、我々人類は約20万年前に出現したが、アリは恐竜時代から存在しており、約5000万年前にはほぼ現在の形態であった。種類もおよそ1万2000~5000種いる。生息域も寒冷地から砂漠までと幅広い。
『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』(扶桑社)は、「地下のミクロの世界に雄大な小宇宙を広げている」そんなアリの社会を、アリ研究の第一人者である村上貴弘さんが克明に描いた一冊。
―― 小学生の頃から動物や昆虫好きで、小3の時に日本によくいるクロヤマアリを飼ったそうですが、当時からアリは特別な存在でした?
「いや、特別ではなかったですね。『ファーブル昆虫記』に出てくるトックリバチやフンコロガシの方が好きでした。ただ、昆虫図鑑でグンタイアリやハキリアリを知って、独特の生態が面白いな、とは思っていました」
茨城大学理学部の卒論で担当教授から「アリはどう?」と勧められ、近縁だが社会形態の異なる2種類のアリの血縁識別能力の違いについて書いた。
―― ヤマヨツボシオオアリとナワヨツボシオオアリですね。生来の血縁識別能力が、環境要因によっても変わることを発見した?
「そうです」
―― それで、アリ研究者になろうと思った?
「それまで先生や先輩と一緒に、ハクセキレイやアカネズミなどを研究していたんですが、採れたデ
新発見は、テーマに選んだ中南米原産のハキリアリでもすぐに起きた。
北海道大学の大学院生だった1993年、初めて訪れたパナマ共和国のバロ・コロラド島で、ハキリアリと同じ菌食アリであるキノコアリの行動観察をしていた時のことだ。
―― ハナビロキノコアリはヤスデや昆虫の糞をキノコ畑作りの基盤に使用するとされていたのが、そうではなかった?
「自分の胃から吐き戻したものを使っていて、キノコ畑で生えるのも菌糸ではなく酵母。定説とは違う仕組みだったんです」
学会で論文を発表すると大きな反響を呼び、注目された。これをきっかけに、以後村上さんは20回以上パナマに通うことになった。
そのような研究の日々から、小コロニーのキノコアリは約3割が働かず、幼虫の世話もしない変わり種だが、仲間のハキリアリはまったく違う。数100万個体が一大コロニーを作り、30以上の役割分担があり、ほぼ24時間休まずに働き続けることも明らかにした。
ハキリアリの「カッコよさ」
このハキリアリを主な研究テーマとする村上さんは、本書で「カッコいい」と述べている。
―― どこが「カッコいい」のでしょう?
「自分の体の何倍もの大きさの葉っぱを巣まで運ぶ、それも一糸乱れず川の流れのようにね。熱帯雨林の中で実際に目にすると、すごくダイナミックで、皆さんにぜひお見せしたいほどです!」
プラス、農業。運んだ葉は食べるためではなく、キノコ畑作りに使う。キノコ畑で菌糸を育て、その先端につく高たんぱくの液状分泌物を幼虫に与えて飼育するのだ。
ハキリアリなどの菌食アリとキノコとの出会いは、約6600万年前の巨大隕石との衝突だった。地上の植物が枯れ、菌類が繁殖し、アリと菌類が出会った。アリの農業の背景のそんな長大な歴史も「とてもクール!」と評価する。
ただし、日本で研究のために海外のアリを飼育するとなると困難が伴う。生物資源を利用する際、他国民は原産国に相当の利益を配分する、といういわゆるABS問題があるからだ。
「いやぁ、各国の規制は、私が学生の頃に比べると格段に厳しくなっています。捕獲・採集の、そもそもの申請自体が難しい。早くからあれこれ準備してもなかなか通らない。いざ通っても、現場での許可がまた別に必要だったり。手間とお金が、大変なんです」
