サブタイトルに「スマホからはじまる珍神探訪」とある。『中国TikTok民俗学 スマホからはじまる珍神探訪』(NHK出版新書)は、現代中国の民間信仰最前線を取材した紀行ルポである。
著者の大谷亨さんは36歳。北海道生まれ、中央大学卒業の日本人だが、母親は中国・北京出身。厦門(あもい)大学外国語学部で日本語科の助教をやっており、もともと民俗学専攻なので、本書によれば休日にフィールドワークを行う「日曜民俗学者」だという。
―― 取材の方法論がとてもユニークですね。中国の国内向けTikTok(Douyin ドウイン)の短尺動画を検索して、面白そうな神様があれば実際に現地に行って見てくる?
「はい、お手軽フィールドワークです(笑)。でも、TikTokを通じて効率的に中国各地の神様の所在地が特定できる一方、現地に行ったら行ったで思い描いていたものと違ったり、新たな事実が次々に発見できたりと、短尺動画の背後に豊穣な世界が広がっていることが多いんです」
大谷さんは、今回のようなフィールドワークが可能だった理由を3つに集約する。
- 広大な国土(未知の文化や習俗がまだ数多くある)
- 高いスマホ普及(現代中国では田舎の老人も必ず持っている)
- 肖像権やプライバシー覚が希薄(自他のプライベート動画を気軽に投稿する)
―― 特に3番目は重要ですね。同じようなことを、もしも日本でやろうと思ったら、そんなにスムーズに行かない気がしますが?
「日本では難しいでしょうね。プライバシーの権利意識が高いですから、TikTok上にそこまで無防備な日常風景は投稿されない。その点、中国はまだ緩いので、日本のTikTokには流通し得ないような貴重な民俗動画をたくさん採集することができるんです」
―― だけど、中国政府や警察などの監視・規制はどうなんでしょう。本書にも、中国では非公認宗教はすべて淫祀邪教と見なされている、シャーマンの神がかり行為も基本的には禁止されている、とありましたよね。取材中の干渉などは?
「当局からの干渉はいっさいありませんでした。もちろん、僕がどこで何をしているかすべて把握されていたでしょうし、僕もこそこそ行動していたわけではありません。それでも何も制限がなかったのは政治的に必ずしも敏感ではない民間信仰の調査だったからでしょうね。民間信仰? そんなもの勝手にやってろ、と」
本書では、中国全土を舞台にして5つの珍神を取り上げている。「張五郎」「セクシー九尾狐」「和式大黒天」「聖人公媽」「無常」である。
―― 張五郎は湖南省梅山地域のローカル神。逆立ちポーズで知られる珍しい姿の神様ですが、ちょっと日本風の名前ですね?
「確かに、俺とお前と大五郎~♪みたいな感じですが(笑)、張という姓に五郎という名を組み合わせることは中国でもありえます。なので、日本とは特に関係ないですね」
調査によると張五郎は凄腕の猟師。道教の神に弟子入りしたが娘と恋仲に。怒った太上老君は殺そうとしたが、娘が機転を効かせ張五郎の頭と足を逆さにしたので生き延びた。以後、張五郎は道教の術を使う狩猟神となった。
「中国でも一部の人しか知らない神様です。私は直感で動く人間なので、逆立ちポーズを一目見て、これは絶対に面白い秘密が潜んでいるはずだと思って調査してみることにしました」
張五郎は五猖(獰猛な5人の神々)を手下にしている神で地位は低く、祭壇下に祀られる。
―― 地域により、優しい神の顔、厳めしい鬼の顔といろいろあるようですが、現在は怨霊鎮圧の神とされている?
「目下の仮説として、張五郎は鬼から神に変化した存在だと私は考えています。ただし、地域によっては未だに鬼の顔をした古い張五郎を祀っているところもあり、地域ごとに張五郎の性格も様々なようです」
中国では古来より九尾狐の存在が言い伝えられてきた。大谷さんは2023年に開催された厦門の仏具展覧会で、グラマーな美女の姿をした九尾狐が財宝の上でM字開脚している奇妙な偶像と出会った。
古代中国において九尾狐は瑞獣であったが、その後、絶世の美女に化けて国王(殷王朝の紂〈ちゅう〉王)をたぶらかし国を滅亡に導いた悪の権化とされ、魔獣として忌み嫌われる存在になったとされる。では、なぜそんな不吉な九尾狐の偶像が仏具展覧会に陳列されていたのだろう。
―― 大谷さんの母方実家近くの廟でも、セクシー九尾狐が恋愛成就に霊験あらたかだとして、若い女性たちが手を合わせているとか?
「そうですね。九尾狐は恋愛に効く、と彼女たちは言っていました」
先述の通り、現代中国において九尾狐は不吉な魔獣である。しかし、大谷さんの調査によると、近年タイで、中国由来の九尾狐をセクシーな女性の姿に造形し、それを恋愛成就の神として崇める新手の信仰が誕生したという。さらにその信仰が中国に逆輸入されたことで、改めて九尾狐は除災招福の神として甦ったのである。
TikTokの短尺動画には広東省普寧(ふねい)市に祀られる和式大黒天もヒットした。
日本でよく知られる大黒天は、インドの神マハーカーラがチベット経由で中国から日本へ到来し、日本の大国主命と習合したものだ。その和式大黒天が、なぜか広東省でも祀られているという。調べると、香港の人気占い師が和式大黒天に目をつけ、独自の大黒天信仰を発明し、それが近年中国に流入したという経緯が判明した。
―― 広東で拝まれる和式大黒天は、赤ワイン好きで金ピカのロング小槌を持っていたりと、どうも奇妙ですね。
「中国独自の展開ですから、何でもありなんです。和式大黒天はでっぷりとして見るからに裕福そう。あの造型自体が中国の大衆好みで、中国人の琴線に触れるんですね」
