2017年、FAO(国連世界農業機関)は「サボテンは世界の食糧危機を救う作物になりうる」と発表した。気候温暖化で世界中に乾燥地が拡大しつつある現在、乾燥地に強いサボテンに注目したい、と。
日本のサボテン研究の第一人者、堀部貴紀さんによる『サボテンは世界をつくり出す 「緑の哲学者」の知られざる生態』(朝日新書)は、サボテンの生態の何がどのように環境耐性があり、気候変動に役立つのか、初歩から教えてくれる。
―― サボテンに関心を抱いたのは、ポスドク(期限つき研究者)で進路を迷っていた時、中部大学のある地元・愛知県春日井市のイベントでサボテン料理を食べたから?
「はい。粘り気と酸味と爽やかさのミックスした味がとても新鮮でした。それが食用サボテンとの出会いですね」
堀部さんが科研費(科学研究費助成事業)のデータベースを調べると、「サボテン」では表示がない。つまり、サボテンをテーマにした学問的研究はこれまでなかったことになる。
―― 人生を賭けるような大きな研究課題が、偶然見つかったわけですね?
「サボテンは自分にとって唯一無二の研究テーマになると、その時思いましたね」
その後の展開も、まるでサボテンに手招きされているかのように進行する。2015年、堀部さんは中部大学の教員になった。翌16年4月から17年3月まで、UCD(カリフォルニア大学デービス校)に客員研究員として留学。そして留学中の16年12月、アリゾナ州のソノラ砂漠で「サボテンの中のサボテン」、高さ10メートルを超すサワロサボテンと対面するのだ。
―― 西部劇映画に出てくる、あの二股・三股の巨大な柱サボテンですよね。
「力強さ、雄大さに圧倒され、言葉を失いましたね。写真では見ていましたが、現地で
目の前にすると迫力が違います。自分もあんな風に、毅然として生きて行きたいものだと、憧れてしまいました」
そして、その感動を後押しするように、冒頭に記した17年のFAOによる「サボテン=食糧危機救済作物」の発表である。
堀部さんによると、サボテンは南北アメリカ原産であり、16世紀の大航海時代以降に世界各地に広まった。日本へは、17世紀後半にオランダ人によりもたらされた。
サボテンの利活用法は地域によって異なっており、日本や欧州では主に観賞用だが、アメリカの南西部では広漠とした風景の象徴であり、原産地の中南米では食料、医薬品、家畜の飼料、宗教儀礼の必須品などとして用いられてきた。
―― 本場の中南米ではやはり食用ですか?
「食用ウチワサボテンが中心ですが、作物として成長が早いんですね。植えた次の年から収穫できて、長ければ35年ほど利用可能です。サボテン畑では普通は8~10年で植え替えますが」
ウチワサボテンは、若いウチワ(茎節)をトゲを取り除いて炒め、肉類の添え物として食べるのが一般的だ。果実は、植えて3、4年で収穫でき、甘い。
―― 家畜の飼料としても優秀だとか?
「ええ。1ヘクタール分のウチワサボテンは年間5頭の牛の飼料になりますが、これは約60倍の広さの牧草に匹敵します」
医薬品としては、昔から中南米の先住民の間で、火傷、切り傷、皮膚病、胃の不調などに効く、と重用されてきた。
―― 近年、医学的にもそのことが解明された?
「サボテンの粘液や食物繊維が、血糖値を抑え、コレステロール低下の作用があるとわかりました。抗炎症、抗ウィルス作用も」
地域によるサボテンの利活用法で重要なのが、アフリカや中東など水不足に悩む乾燥地における作物としての実利的側面である。
―― サボテンは砂漠から熱帯雨林、高山地帯まで幅広く分布していますが、最大の特徴はやはり乾燥適応性の高さですか?
「そうですね。水分を効率的に吸収して、逃すことなく保存する機能がありますから、限られた水分を無駄なく利用できます」
本書によると、サボテンの皮層や髄には水を貯える細胞群があり、稜(茎のヒダ)は吸収した水分量によって伸縮できる。また、CAM型光合成といって、夜間に二酸化炭素を取り込んでリンゴ酸に変換し、それを分解しながら光合成を行うことにより、母体の水分蒸発量を抑えることができる。
巧妙な水分節約機能を備えた植物なのだ。
