依存は「悪」ではなく、合理的な選択の積み重ねだった
日本の食が中国に大きく依存するようになったことを冷凍食品(『冷凍ほうれん草が消える日 ― 日本の生活インフラはどこまで中国に依存しているのか』)の回に触れた。 この背景には、感情や政治ではなく、経済合理性の積み重ねがある。冷凍野菜の加工技術、医薬品原薬の製造能力、そして物流のスケール。これらを総合すると、中国は日本にとって最も近く、最も信頼できる供給地の一つだった。
私自身、経産省勤務時代に無錫・上海・大連で中国の官僚と協議を重ねた経験がある。かつての戦争の犠牲の大きさを抱えながらも、未来を見据え、成長に必要なノウハウを貪欲に学ぼうとする姿勢が印象的だった。議論は誠実で、技術理解も深い。国土が小さいながらも教育と技術開発に力を注ぐ日本への敬意も感じられた。
中国の官僚制度は、能力があれば若くても抜擢され、男女の区別なく働く。これは日本の行政組織よりも柔軟で、実力主義が徹底している部分もある。
大連で見学したIT専門大学では、1年後にはキャンパスが倍の広さになり、24時間使える図書館で、医者以上に将来が安泰だと考える親からの仕送りを受けながら猛勉強する若者が多数いた。日本企業のコールセンター業務を請け負うアウトソース先では、単純作業をこなしながら、膨大な日本企業の業務マニュアルを読み込み、標準プロセス化や改善提案まで行う力を身につけつつあった。
中国は底力のある、とてつもないライバルであると感じた。
こうした背景があるからこそ、日本企業は中国企業との協働を自然に選び、20年以上かけて信頼関係を築いてきた。依存は「悪」ではなく、合理的な品質判断の結果だったのである。
しかし同時に、中国は広大な国であり、産業の広がりも格差も大きい。高度な管理が行き届いた工場がある一方で、管理が不十分な工場も存在する。これは中国特有の問題ではなく、新興国全般に共通する構造だ。だからこそ、どの国であれ一国依存は構造的にリスクを伴う。
逆さ地図 ― 相手の地図で世界を見る
日本の読者は、日本中心のメルカトル図法で世界を見ている。しかし、中国中心の地図で世界を眺めると、地政学のリアリティはまったく違う姿を見せる。
- 日本は“目の前の海”にある隣国
- 台湾海峡は“自国の玄関口”
- 北極航路は“欧州への最短ルート”
- アメリカは“太平洋の向こう側の大国”
つまり、中国の行動は日本の常識とは異なる地図の上で動いている。日本は、相手の立場に立ち、静かに関係を築く文化を持つ。これは第1回で述べた“静かな強さ”とも通じる。依存は敵対ではなく、相互理解と共創の結果でもある。
世界は“こん棒外交”の時代に戻りつつある
依存のリスクは「中国だから危ない」という単純な話ではない。むしろ、世界全体が“民主主義などの価値観外交”から“力の外交”へ回帰していることが本質である。
ロシアのウクライナ侵攻、中国とロシアの北極航路進出、米国のグリーンランド買収構想、イランへの攻撃。 これらはすべて、航路・資源・物流をめぐる“こん棒外交”の復活を示している。
北極航路をめぐる競争は象徴的だ。もし中国やロシアが北極圏の航路を押さえれば、米国は地政学的に出遅れる。だからこそ、米国はグリーンランドの取得を真剣に検討した。これは善悪の問題ではなく、大国が自国の生存戦略を優先する時代に戻ったということだ。
その際に国とは違う次元で暮らしの立場で市民は幸せになるのか、国境の向こうにいる市民のことも考える自由がある立場であることが果たす意味は大きい。
国家が力を振るう時代に戻るほど、市民・企業・都市のネットワークが果たす役割は大きくなる。 これは『日本が育んできた「静かな強さ」①』で述べた“SFの商人船団の時代”の現実版である。
