2026年4月30日(木)

世界の記述

2026年4月30日

 筆者が2021年秋から24年秋まで駐ウクライナ大使だった時期、キーウにおいて時々意見交換したハンガリー大使は、学究肌の職業外交官であり、中東欧の複雑な歴史に関して筆者の質問に対して丁寧に教えてくれたものである。ただし、話がハンガリー・ウクライナ関係の現状に及ぶと、苦渋に満ちた顔つきで言葉を濁して、ウクライナ政府から相手にされていないことを隠さなかった。

 また、当時欧州連合(EU)各国から派遣されて来ていた大使達もハンガリー大使に対してはよそよそしい態度で接していた。反EU・親露のオルバン政権は、戦時下のキーウの外交現場においてハンガリー大使を明らかに孤立させていた。

ハンガリーの次期首相と目される中道右派の新興野党「ティサ(尊重と自由)」のマジャル・ペーテル党首(ロイター/アフロ)

 オルバン首相は、10年以来16年の長きにわたってハンガリーを支配してきたが、4月12日に行われた総選挙において、与党フィデスが歴史的大敗を喫した。野党ティサを率いて3分の2以上の絶対多数で勝利したマジャル氏が5月9日に首相に就任すると目されている。

歴史上、度々見せてきたハンガリーの存在感

 ハンガリーは、日本の約4分の1の面積に960万人程の人口を抱えて、北から右回りにスロバキア、ウクライナ、ルーマニア、セルビア、クロアチア、スロベニアおよびオーストリア7カ国と国境を接する中欧の内陸国である。

ハンガリーはウクライナにも隣接し、欧州や世界で重要な位置付けとなっている(gt29/gettyimages)

 ハンガリーは、小国にもかかわらず、歴史上ユニークな存在感を国際場裏で度々発揮して来た。1848年には、失敗に終わったものの当時のオーストリア帝国からの独立を目指して革命を起こした。この革命精神が第一次世界大戦の敗北でオーストリア帝国が崩壊すると1918年のハンガリー独立をもたらした。

 第二次世界大戦においては、ナチス・ドイツ側に立って参戦して、敗戦後はソ連の占領下に置かれた。56年にソ連圏からの離脱を目指したが、ソ連軍の介入を招いて失敗した(ハンガリー動乱)。

 その後、60年代から80年代にかけては、共産党独裁の下でも比較的自由な社会主義体制を実現した。87年、モスクワの日本大使館の若い書記官であった筆者は、妻と共にブダペストを旅行して、モスクワと全く異なる自由な雰囲気、商店やカフェの豊富な物資と快いサービスに驚いたことをよく覚えている。


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