89年、ハンガリーは、ソ連末期の混乱期に乗じて多党制を導入して平和裏に体制変革を実現した。ソ連崩壊後の99年には、米国の強い後押しもあって、北大西洋条約機構(NATO)創設50周年に合わせてポーランドおよびチェコと一緒にいち早くNATO加盟を実現し(NATO第一次拡大)、04年にはEU加盟も実現した。因みに、88年、まだ社会主義体制が存続している時期にフィデス(青年民主連合)を立ち上げて自由と民主主義を求める運動を開始して、体制変革に貢献したのが若き弁護士オルバン氏であった。
ウクライナ戦争と小国の外交的影響力
ハンガリーを称して小国と言ったが、実は、2022年のウクライナ戦争を契機として、NATOやEUにおいては、いわゆる小国の存在感や影響力が劇的に高まっている。ロシアの脅威を肌で感じている北欧・バルト諸国の危機感が独仏等の慎重な姿勢を取る欧州主要国に圧力をかけて、対露制裁やウクライナ支援に関する欧州の議論をリードしてきている。フィンランドおよびスウェーデンは、長年の中立政策を放棄してNATO加盟をも果たしている。
逆に、ハンガリー、スロバキア、ブルガリアといった国々は、ロシア産エネルギーへの高い依存度やロシアとの歴史的繋がりを背景にして、親露的姿勢を取り、NATOやEU内の議論を攪乱するという負の影響力を発揮している。
このように小国が影響力を発揮している理由一つは、NATOの決定がコンセンサスによること、また、EUの決定のうち外交・安全保障等の重要事項に関係する問題が全会一致を必要とするという両組織の手続きが関係している。しかしながら、より重要なことは、ウクライナ戦争を契機にして、戦場に近い「前線国家」の北欧や中東欧諸国にとって、自らの国の運命や国益を欧州の主要国である英独仏伊や域外大国の米国の思惑に唯々諾々と委ねるわけにはいかないという問題意識がある。
オルバン政権からマジャル政権への移行
オルバン政権は、内政においては、反リベラリズム、移民反対、キリスト教的伝統の維持、反EU官僚組織を標榜し、外交的には、ロシア産エネルギー依存を背景に親露姿勢をとるとともに、イデオロギー的に近い米国トランプ政権とも良好な関係を維持してきた。その結果、欧州による対露制裁やウクライナ支援を妨害してきたことはよく知られている。特に、ウクライナに対する900億ユーロのEU融資の実施を25年秋以来妨害してきたことは、ウクライナの26~27年の財政、ひいては継戦能力自体に深刻な事態をもたらしかねなかった。
また、ロシアとの関係では、EU内での対露制裁等に関する議論をロシア側に漏洩していた疑いがメディアで大々的に報じられ、シーヤールトー外相が批判の矢面に立たされている。選挙戦最終盤には、米国のヴァンス副大統領がオルバン政権をあからさまに応援する為にハンガリーを訪問した。
このような親プーチン・親トランプの姿勢が欧州内でのハンガリーの深刻な孤立を招き、ハンガリー自体の安全保障を損なっていることや長期政権の下で深刻な経済停滞、縁故主義、汚職・腐敗を招いた。それが国民の大きな反発を生み、「ロシアかEUか」の選択を迫る野党の巧みな選挙戦術も相まって、歴史的な敗北に繋がった。
次期首相のマジャル氏がEUとの関係改善、対ウクライナ融資に対する反対取り下げ等の政策変更の明確に打ち出していることを受けて、退陣前のオルバン政権は、ウクライナ支援と対ロ制裁に対する方針を早々と変更して、4月23日にEUは、900億ユーロの対ウクライナ融資およびロシアに対する第20次制裁を決定した。筆者の友人でEU事務局における外交政策の責任者は、総選挙におけるオルバン政権の敗北の結果、EU内の雰囲気が一変して、皆喜びを隠しきれないと述懐している。
